日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎「照一隅」(中村哲)

〇中村哲さんが、講演などで繰り返し伝えてきたことばに「照一隅」がある。

自身が置かれた場所で一つのことに最善を尽くす、という意味になるのか。天台宗の開祖・最澄の『山家学生式』で使われている言葉らしい。

 

2003年の若い医学生対象の講演『病気はあとでも治せるからまず生きておりなさい』の最後の節「患者にとって良いことは何なのかを考えることで、豊かな心を得た」に、「照一隅」にふれている。

今から16年ほど前の講演だが、この気持ちで73歳までやりつづけてきたのだろう。

 

〈「一隅を照らす」という言葉があります。一隅を照らすというのは一つの片隅を照らすということですが、それで良いわけでありまして、世界がどうだとか、国際貢献がどうだとかという問題に煩わされてはいけない。世界中を照らそうとしたら、爆弾を落とさなくちゃいけない。それよりも自分の身の回り、出会った人、出会った出来事の中で人としての最善を尽くすことではないかというふうに思っております。今振り返ってつくづく思うことは、確かにあそこで困っている人がいて、なんとかしてあげたいなあということで始めたことが、次々と大きくなっていったわけですけれど、逆に二〇年間それを続けてきたことで私たち自身が、本当に人間にとって大事なことは何なのか、人間が無くしても良いことは何なのか、人間として最後まで大事にしなくちゃいけないものは何なのか、ということについてヒントを得たような気がするわけです。結局自分が助かったということですね。助けるとは助かるという言葉がありますけれども、その通りでありまして、この事業を通じて私たち自身が、気持ちが豊かでかつ楽天的になったということがいえます。〉

 

上記のあと、聴取の若者に提言をして終える。

〈君たちは、悪事でもしない限り、だいたいやり替えがきく。恐れずに歩き回って、正しいと思うことを利害にとらわれずに貫くことです。〉

また丁寧に話をしていて、若い医学徒に〈私は医者の仕事はほとんどしていないです。土木技師の仕事をしております。〉などあり、ユーモアも伝わってくる。

 

※中村哲『医者よ、信念はいらない まず命を救え!―アフガニスタンで「井戸を掘る」』(羊土社、2003)に所収。

 

参照:NHK NEWS WEB 2019年12月5日に、「銃弾に倒れた中村哲医師が伝えたかったことは?」の動画と、中村哲医師の足跡「100の診療所より1本の用水路を」の文章が載っている。そこに次の文がある。

〈自著に「照一隅」のメッセージ

中村さんは、たびたび沖縄を訪れて講演を行い、ことし9月に西原町で開かれた講演会では、およそ180人を前にアフガニスタンでの活動を報告しました。

 この際、中村さんは自分の本にサインをして、「照一隅(いちぐうをてらす)」というメッセージを残しました。

自身が置かれた場所で、一つのことに最善を尽くす、という意味です。

長年、アフガニスタンに赴き、医師としての活動の枠を越えて、用水路を建設するなど現地の人たちに寄り添い続けてきた中村さんが、講演などで繰り返し伝えてきたことばです。

講演会を主催した沖縄キリスト教学院平和総合研究所の内間清晴 所長は、「自分の価値観を他人に押しつけるのではなく、現地の人の考えに寄り添い命を大事にするという姿勢が沖縄の“命どぅ宝(ぬちどぅたから)”の精神と共通すると思いました。彼の魂や志を引き継げるよう、われわれも何かできないか考えていきたいです」と話していました。〉