日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

2024年を迎えて(たまゆらの記㊿)

○今年もよろしくお願い申し上げます

今年の抱負は大きく2つあります。

1・自分の身体のこと

病状は昨年一年でだいぶ劣化したようです。それに加えてあちこち体の不具合があり、老化も確実にすすんでいます。それに伴って心がどのように変わってくるのか関心があります。

今後どうなっていくのか分からないにしても、その時点での心身状態を冷静に見つめ、どこまでも可能性を探っていきたいと考えています。

その場合に、面白く楽しみながらすることが大事な気がしています。

 

2・放課後等デイサービス アイリスのこと

友人が立ち上げ4月から開所することになった施設に関わることになりました。実際のところ身体のことがあり動きが取れないのでメールなどで支援することしかできないですが。

始まると様々なことがあり大変だと思いますが、気持の置き所は子どもたちとスタッフの皆さんと共にありたいと思っています。

すべての子どもが健やかに育つことを願っているのを一緒に考えていきたいです。

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1日から能登半島地震と羽田空港事故が続き厳しい年明けとなりました。

これは私の推測ですが、海上保安庁航空機の皆さんは一刻も早く被災地に救援物資を届けたい思いがあったのではないでしょうか。今後のため事故調査は厳密に進めていく必要がありますが、職業柄とはいえ海保の皆さんそれぞれのお正月があったと思います。

お亡くなりになられた方々のご冥福を祈ります。

大災害や大事故から、人間の知恵でそれから完全に免れるという訳にはいかないと私は思っています。人間はそれほどかしこい生きものではないです。まして個々人はひ弱な存在です。

それでも私は、つねに明日に向かっての希望はあるのだと考えています。

 

参照:多田富雄『落葉隻語』-「終わりから始まる未来」から。

※これは多田富雄さんがお亡くなりになる前の年に書かれた最後の論考です。

《「終わり」というのは、必ず何かが始まる、私の家でも、昨年は双子の孫が生まれた。ふっくらとした赤子のほっぺたをつつくと、あどけない微笑で応える。

「そうなんだよ、じいじの世代はお前たちに大きな負の遺産を残した。すまなかったが、強く平和に生きておくれ」と語りかけたい気がする。同時にこの子が大人になるころ、この地球は大丈夫だろうか、目を瞑って想像してみた。私のいなくなった世界を思った。

 すると、不思議にも子供の走り回っている情景が目に浮かんだ。私のいなくなった時間の風景に、私の孫かもしれない子供が元気そうに遊んでいる。いや誰の子でもいい。幼児が何人も無心に遊び回っている。

 私は長い時間その世界を想像し、これが私の死後の世界だと確信した。それ以外の情景は浮かばなかった。

 これからだってもっと生きにくい時代が続くだろう。でもあんな子供がいる限り、未来は大丈夫だろう。私は幸福な気持ちで、白昼夢の最後のページを閉じた。

 去年今年貫く棒の如きもの 虛子

 力強い時間の連続性を信じて生きようと思った。》(『落葉隻語』24「終わりから始まる未来」より)

※多田富雄『落葉隻語 ことばのかたみ』(青土社、2010)