日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎「老い」についての感情や思考。

〇感情、思考は、ある方向に人を誘っていく。

 ある知人は、「年とったなあー」「衰えてきたなー」「物忘れがひどくなってきたなー」などよく口に出して言っていると、脳のほうもそれに合わせるような働きが強くなり、より一層そのような状態に身体もなっていきやすくなるので、言わないほうがいいといっていた。

 

 人の感情(心)と思考(脳)と身体(行動)は密接につながっているので、私もそういうこともあるだろうと思っている。

 何気なく出てくることばにいちいち拘るのはほどほどにしたいが、このようなことが口癖になっていると、身体、脳、感情にも影響が出てくるのは当然のような気がする。また、このようなことばを相手に向かって繰り返すと、酷く傷つけることになる恐れがある。

 

 個人の場合はともかく集団的な現象になると、お粗末なことになることもよくある。例えば、奇妙であれ、あるいは高邁な理想を掲げていようと、組織にべったり入りこむと、思考、感情、行動も組織のそれになっていくことが多いし、ヘイトスピーチを声高にしていると、身体も態度もそのようになっていく。戦時中、鬼畜米英のことばが横行すると、自由主義者、民主主義者を問わず、多くの人の思考や感情もそうなっていった経緯もある。

 

「老い」についての様々な言説、知識、事件などに触れて、無意識的に、現社会での見方、その多くのマイナスイメージを植え付けるようなものによって、私(たち)の見方や気分が強く影響されているのでないかと思っている。

 

 一方、考えさせてくれるようなことやものに出会い。自分の捉え方を見直したり、調べたりしたくなるような機会も少なからずあり、自分の何かが活性化しはじめる。だが、今までの自分の見方を深く見直しするときに、ある種の戸惑いを生じることもある。

 

 社会心理学用語で認知的不協和理論がある。

【知識の矛盾状態における行動の傾向について、フェスティンガーが展開した理論。信念・意見・態度などを含む我々の知識を<認知要素>と呼ぶ。自分の中にあった<認知要素>と、新たに与えられた<認知要素>の情報が矛盾する状態が<認知的不協和>である。人はこの状態を不快に感じ、この矛盾を解消しようとする。このとき、自分にとって変えやすいどちらか一方の<認知要素>の内容を変えることで、協和した状態へ導こうとする傾向がある。(ナビゲート ビジネス基本用語集の解説より)】

 

 これは、自分の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語だが、認知の矛盾に限らず、感情、行動を含めた心身が乖離した状態の落ち着かない気分から何とかのがれようとするのは、普通の人のあり様ではないかと思う。

 

 人(脳)は直面していること、目の前で展開されていることを、現時点での自分のもっている見方や感情など〈身についた思い込み〉で解釈し、簡単にやり過ごすことも多いだろう。

 

 これには、次々に入ってくる情報を、いちいちつぶさに考えることや戸惑いを少なくして、迅速に処理することで日常生活がスムーズにいくというメリットがある。

 一方、簡単にやり過ごすことで、日常の何気ないことに潜んでいる不思議さへの発見に乏しく、揺さぶられることの面白さを知らないままマンネリ化した暮らしを続けることにもなる。また、一旦身についた見方、先入観からなかなか逃れられないデメリットがある。

 

 そこで、自分の捉え方を見直したり、調べたりしたくなるようなことにまつわる戸惑いの対処の仕方にいくつかのやり方があるように思っている。

 

 直面している事態に戸惑いながらも、結局今まで身につけた見方、感情に引き付けてとらえていくこと。これは比較的多いような気がする。

 次に、簡単に今まで見方を改めて、新たな見方を取り入れていくこと。これは安易な場合もある。鬼畜米英が短期間の間に親米英や民主主義者になっていくように。じっくり調べることなく奇妙な組織に加わり、後で後悔するようなこともある。

 もう一つは、簡単に結論つけずに、矛盾を抱えたままあるいは留保しながら、いろいろな角度から探り続けること。これは思考の耐性がいる結構難しいことと思っている。なにせ、整合性を求めていくことは、普通人にとってよりよく生きていくための無理がない方式だと思うので。

 

 あまりにも大雑把な推論を言えば、これから育っていく子どもを抱えていたり、生産的な職種についている年齢の人は、各種のしがらみを抱えていて、どうしても極端な変化を好まない固定的、体系的な見方をしがちである。勿論そうでない人もいるが。

 

 それに対して、数々のしがらみから解放された元気な老齢の人は、脱構築的な直観力が際立ってきて、その経験が生かされてくることもあるだろう。これは希望的観方であるが。

 だが、老人にとって、大きな病気や衰弱は必然的に生じてくるので、このことをみていくことは重要であり、稿を改めて考えていく。

 

 精神科医の中井久夫は、若いときのよさはサラダであり、老人の味わいは漬物である。(「世に棲む老い人」)と書いているが、糠味噌臭いものもあるにしても、味わいのバラエティに富んでいる特徴があり、そういうよさを引きだしていきたいと考えている。

 

【参照資料】

※生老病死について考えるときに、自分の中を整理する支えとなる人に中井久夫氏がいる。今回は老いと病気について触れなかったこともあり、「世に棲む老い人」から抜粋する。

 

〇おそらく、新しい問題は、一般人口の相当部分が老年に達する「一般的長寿」の時代ということの中にある。この時代にあっては、老人の身体のしたたかさは減少する傾向にあるだろう。淘汰圧を形づくっているさまざまな障害因子の消滅や軽減、要するに淘汰圧の減少が一般的長寿をもたらしたのであるから、これは論理的帰結である。実際にも、老化ということ自体はさほどの問題でなく、病気をもたない老人は予想をこえてかくしゃくとしている。多くの生理能力が二、三割減少するということは、よく考えてみれば多くは青年でも個人差の範囲に入り、相対的な問題であって、大問題ではないわけだ。裏を返せば、老人問題は、一般的長寿化の時代にあっては、その病気にある。つまり、老人の問題は有病率の高さであるということになる。(中略)

 老いて失明し、道を横断するにも人の手を借りずにはすまなかった最晩年のサルトルは、「老いとは他者である」といったそうである。(鈴木道彦『異郷の季節』)。この、周辺からの他者化、あるいは思いがけない部分の他者化は、相当部分が、有病率の高さを介しての老いに見られるものである。サルトルはその例に入るだろう。「他者化」とはいろいろな意味にとれることばだが、さしあたり、不如意性ということである。そして、自分の一部であったと観念していたものが他に委譲されるということである。この他者化に抗することが課題であり、かなり成功することもある。老眼鏡や入れ歯を自分の一部にしてしまう心理的作業である。この作業は相当な大仕事である。

(『「つながり」の精神病理 』中井久夫コレクション2、ちくま学芸文庫、2011より) 

◎「子どもに迷惑をかけたくない」の感情について

※これは5年前に書いた文章の改稿採録である。

 今の私は、妻の支えがなければ日々の暮らしが困難になりつつある。生きるということは、数多のひとや環境に支えられて実現できるのは事実であるが、身近な人が、平然と自分のこととして受け止めてくれているのは心強い。

 

〇長生きして辛いなんていう社会は寂しすぎる
  ​ブログやFacebookに「知人の死去や入院に触れて」の文章を投稿したところ、パプアニューギニアに暮らしている友人N氏から次のようなコメントをいただいた。

「まさに超高齢化社会の日本の現実であり、大きな問題でもあるように思います。うちもそうですが、子どもに迷惑をかけたくない。他人にも、って。いつからそのようになってきたのでしょうかね。どこに問題があるのかも、考えたいとも思っています。が、他の国はあまり、そのような事はないようです。パプアニューギニアでもあり得ない。長生きして辛いなんて社会は寂し過ぎる。」

 

「長生きして辛いなんて社会は寂し過ぎる。」まさにその通りだと思う。
「子どもに迷惑をかけたくない。他人にも、って。いつからそのようになってきたのでしょうかね。」これも、素朴で真っ当な疑いだと思う。

 

 迷惑の語源・由来:「迷」は本当の道にまようことを意味し、「惑」は途方にくれてとまどうことを意味する。両方の字が示すように、この言葉も本来は迷いとまどうことを意味する仏教語である。
 昔は、迷惑の原因が他人の行為でも自分自身の行為でも、この語は用いられた。次第に、他人の行為によって自分自身がどうしたらいいか困惑する意味が強くなり、現在の使われ方に変化していった。

 迷惑について、迷惑行為や迷惑メールなど、嫌なイメージを感じるが、「子どもに迷惑をかけたくない」というのは、相手に「迷いとまどうこと」をさせたくない、余計な心配をかけたくないというような感情からのものもあるだろう、親の介護の例をあげながら、様々なニュアンスの迷惑をみていく。

 

 私は八年前に、九十歳を超える妻の両親と暮らすため出雲市に移住した。義父は他の人に迷惑をかけたくないとの気持が強く、娘である私の妻には早くから委せていたが、私に対してはだいぶ気を遣っていた。その頃の父は日常的な行為も困難になり、入浴や排泄などで介助しようとすると、心理的な負担感と「自分一人でやれる」との頑張りで遠慮することが多く、危険な場面も出てきていた。

 その時点での父はかなり困難な状態にあると見ていたが、父は身辺のことは援助なしでもまだまだ自分で「やれる・する」と思っていたようである。この頃の父は日常的に歩行が困難になりはじめ、転んだりしたときにすぐに助け起こすのだが、父の「すまないなー」と言うその気持は素直なものだと思うのだが、相手への心理的な負い目と、自分への不甲斐なさが混じって、精神的な負担感が増していったようである。

 それまで10年近く介護などの仕事をしていて、ケアされる方からは、遠慮のようなものはあっても迷惑をかけたくないというような感じはなかった気がする、身内で介護することとの違いを思っていた。
 当然自分の方でも、義父母の介護をしていて、遠慮はあっても迷惑というような思いは全く出てこなかった。

 私と義父とは血は繋がっていないし、娘婿とか男同志ということもあるのか、しばらくギクシャクした関係が続いた。だが徐々に、打ち解けた関係になっていき、少なくとも私に対して遠慮するようなことはなくなっていったと感じている。「すまないなー」というような言葉も聞かれなくなっていった。

 入浴や排泄の介助するときに、心身ともに全面的に任せてくれているかどうかは、身体に伝わってくる感触で、ある程度とらえることが出来るので、義父が心底任せてくれるのかどうかが伝わってくる。
 身内に限らず、そうなったときから、単なるケアされる・する関係をこえるような何かが活性化するような気がしている。

 

「子どもに迷惑をかけたくない」という表現ではあっても、その迷惑の意味合いはかなり違ってくると思う。
 そして、心底任せることができない(甘えることができない)関係、迷いながら戸惑いながらも、よりよく生きていきたいと願っている人同士の、心の分かち合いがなされていない、そこまで踏み込んだ関係ができていないことで、負担感のある表現になっていくのだろう。

 以前、ブログに次のようなことを書いた。
【「めいわくかけてありがとう」ということばがある。元日本フライ級チャンピオンのプロボクサーからコメディアンに転身した、「たこ八郎」の口癖で自らの“座右の銘”である。歌人・福島泰樹氏のお寺にあるお墓で、そこに平仮名で「めいわくかけてありがとう」と書いてあるそうだ。
 世間では、何か重大な問題が起こると、えらい人たちが「ご迷惑をおかけしまして、まことに申し訳ありません」と深々と頭を下げたりするが、シラーとした印象のときが多い。
 たこ八郎の、「めいわくかけてありがとう」には共感を示す人もいて、よく取り上げられる。私も面白いと感じている。どのような分かち合いなのだろう? ただ、妻に対しては、面と向かっては言わないが、そのような感情が出てくるときも、たまにあるような気がする。(ブログ2015.02.10より)

 たこ八郎の場合は、気をかけてくれ、心の交流があった人々への、たこ流の衒いのある感謝のことばではなかったのか。

 

【参照資料】

○徳永進『野の花あったか話』「迷惑かけて、ありがとう」より

 「迷惑はかけとうない」「家で療養するとみんなに迷惑かけるです」「早う逝きたい、迷惑かけとる」。臨床で放たれる「迷惑」という言葉。その言葉を受け取るたび、私たちは身動きが取れなくなる。「そんなことないよ」「迷惑なんて思ってないよ」「大丈夫だから」と返しても何の変化も生じないし、何の力にもならないのを知っている。

 「迷惑」という言葉そのものが悪いのか、とさえ考え込む。「迷い」「惑う」。いや、生きてるということは迷い、惑うことだからそんなに悪い言葉とは言えないのに、「迷惑」と発声されると肯定の響きは消え去り、否定語の権化とさえ思えてくる。「手ご」ならいいか、と惑う。「手ごかけてすまんなあ」なら否定語の響きが弱い。ただ、「手ご」は鳥取の方言かも知れない、と迷う。辞書を引いてみる。「手児」とあって、「幼児、赤ん坊、少女、おとめの意」とある。違う。やっぱり方言か。手伝う、という意味の「手ご」。でも、言葉を変えてみても、気持ち、心は変わらない。赤ん坊だって、皆の手を煩わせながら育ち迷惑のかけっ放しだと思うのに、なぜか本人も回りもそのことを「迷惑」とは言わない。大人になって病に伏したり、老いて食べること歩くこと排泄(はいせつ)することが自分一人でできなくなったり、死を前にしたりすると、「迷惑」という言葉が湧いてくる。赤ん坊も老人も死も、人生の中のそれぞれの季節のひとつなのに。

  そんな疑問を大阪で、哲学者の鷲田清一さんにぶつけてみた。ボクサーでコメディアンのたこ八郎の墓碑にはこう刻んであると鷲田さん。「迷惑かけて、ありがとう」。「迷惑」の向こうにお互いの心の変化を私たちがどう想像できるのか、そこが問われているんだろう。
(朝日新聞中国共通版 2013年1月26日掲載)

◎7月5日、「アイズ」の口笛カフェに参加する。

〇会場の大阪住道駅まで電車で1時間半ぐらいのところだが、新型コロナウイルスの影響で、5か月ぶりの遠出となる。

 今回から会場は、生涯学習センター「アクロス」の小部屋から大東市立情報センター(DIC21)の大会場へと、感染症対策の一人ひとりの距離を開け、ゆったりとしたスペースに変更された。


 口笛は前に出てフェイスシールドをつけ、マイクを使って演奏をする。
 何やかやと主催者の準備も大変だったと思う。

 

 口笛は滑舌が悪い私にとってリハビリになるが、それ以上に、このように出かけてきて、いろいろな方と交流することそのものが、大きいと思っている。

 

 今回4回目の参加で、新たに出会った方もいた。
 その中の一人は車椅子で参加され、曲を歌いながら、手話で表現していた。見ていて楽しかった。

 

 一般社団法人『アイズ』は、〈障がい者〉と〈健常者〉の垣根をなくす理念のもとに、高次脳機能障害支援をはじめ、どのような人も楽しく生き生きとした暮らしの実現を共に考える活動で、口笛カフェにこのような参加者があるのはいいものだと思った。

 

 同じ時期に始めた妻の上達ぶりに比べて、なんともお粗末だが、臆面もなく「チューリップ」を披露。短いので2回繰り返す。何とか音は出て、司会者から「発展途上ですね」と励ましの言葉がある。発展している自覚はまったくないが。

 

 それでも、それぞれの巧みな演奏を聴いているだけでも愉しい。皆さんとても上手だ。
 友人のT君も少し顔を出してくれた。

 

 主催者の一人である緒方さんの口笛演奏は、音を瞬間的に切り替える「ウォーブリング奏法」や息を吸うときと吐くときの両方で音を切り替える「インアウト奏法」などの技法が巧みで、よくこんなこともできるのだなと、毎回聴き惚れている。

 

 2曲目は、妻とデュエットで「花」を口笛演奏。といってもほとんど妻の口笛で、隣でパクパクしていた。

 

 構音障害のリハビリの目的で始めた口笛練習は気楽で楽しいが、それに加えて「口笛カフェ」に参加して、皆さんの演奏をしみじみと聴かせてもらったり、緊張しつつ自分の体内にある力を駆使し皆さんの前で吹いたりするのは、とても面白い。

◎退院後7ヶ月目の脊髄小脳変性症の診察を受ける。

〇孫を伴って散歩するとき、ジジババに両手をもってもらうのがお気に入りで、両手を差し出してくる。そこでぶら下がったり、引っ張たりして動きも激しくなってきた。
 それについていくのがだんだん難しくなり、手を放してしまう。孫はアレッという表情になるが、妻は心得ているので、その場は簡単に収まる。

 

 孫を見ていくのは面白いし、座って対応することはできるので無理がないところで関っていくが、その動きにはついていけなくなってきた。

 

 普段、症状のことを考えて、出来る限り歩いたり動いたりするが、疲れが大きくなっている。散歩、用事などはほとんど妻を伴っているが、自転車、自動車に対する緊張が増してきている。

 

 身体や状況は、老化・疾病・事故などによって次第に変化していく。いずれのときも、刻々と変わりながら生きている状況との平衡状態を保とうとする働きをしているのであり、それが生命活動である。

 今後妻や孫との関係性の中でどのような関わりができるのだろうか。

 

 今日は定期的な検査で、いつものように、この症状や小脳萎縮に関わる検査方式があり、15分ほど手の動き、各種の立姿、歩行動作を確認し、主治医の見立てでは、症状はあまり変わっていないという。そして、それ用の薬を3が月分調達してもらう。

 

 元来薬に関してはマイナス的感情が強く、ほとんど使わないが、この症状に効果があるとされていて、主治医のすすめで服薬している。

 その効果はそれほど期待しているわけではないし、効くということは逆に体の持つ自然治癒力に対するデメリットがあると思うが、それ以上考えるだけのものがないこともあり、一応主治医に信を置いている。

 

 それにしても、特定医療費(指定難病)受給者なので、経費はあまりかからないようになっているのは有難い。おそらく1日2回で千円近くの薬価3か月分と診療代合わせて2500円で済んでいる。

 

※付記
 最近、友人がすい臓がん手術後4年過ぎて身体中に転移してるらしく、抗がん剤の点滴治療をやる予定というFacebookの記事があった。何人かが励ましも含めて、それぞれの見解を述べていた。
 その場合、一人ひとり感性、考え方、身体の状態も違うし、家族や環境も違う、人生観も違えば、医療との付合い方も違う。延命治療や「終い方」に対する唯一の答えなどあるはずがない。
 自分がやれることは、今思うことを、どこまでも参考意見としてだすだけ。時には、煩わしい、失礼なことになる場合もあることに気をおきながら。
 ただ、友人にとってすこしでも良くなることを願うのみである。

 

参照:最新の関心をいだいた大阪大学の記事「ResOU」から。
 http://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20200527_1
 おそらく私の症状と近いのではと思っている。このような研究をしている人がいるのだろ。それを知ったからどうなるものではないし、実用化にはかなりの時間が必要だが、読んでいておもしろかった。

〈「研究成果のポイント」
・アミノ酸の一つであるL-アルギニンが神経難病であるポリグルタミン病の治療薬候補になることを発見しました。
2020年5月27日大阪大学:・L-アルギニンがポリグルタミンタンパク質の構造を安定化して凝集を抑制し、ポリグルタミン病モデル動物の運動症状や神経変性を改善することを見出しました。
・家族性脊髄小脳変性症を含むポリグルタミン病の新たな治療法開発へ向けて、医師主導治験を実施する予定です。

「本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)」
 L-アルギニンは生体内に存在するアミノ酸の一種であり、血液脳関門を透過して脳内に取り込まれることが知られており、今回の研究でも、L-アルギニンがマウスの脳内に移行することを確認しています。またL-アルギニンは本邦において医薬品として既に承認されており、先天性尿素サイクル異常症やミトコンドリア脳筋症の患者さんへの投与実績から人体への安全性が確認されています。したがって、L-アルギニンはポリグルタミンタンパク質の構造安定化作用を通じてポリグルタミン病におけるタンパク質の凝集を抑制する分子標的治療薬として、すみやかな臨床応用が期待されます。本研究成果により、これまで治療法の乏しかったポリグルタミン病に対して、L-アルギニンが、疾患の進行を緩和しうる治療薬として有効であることが期待されます。今後、本研究グループでは、本邦において患者数の多いポリグルタミン病である脊髄小脳失調症6型を対象に、L-アルギニンの安全性と有効性を調べるための医師主導治験(第II相試験)を計画しています。この医師主導治験は、新潟大学脳研究所・小野寺理教授を中心として、新潟大学・大阪大学・国立精神・神経医療研究センター・東京医科歯科大学での実施を予定しています。
「特記事項」
 本研究成果は、2020年5月22日(金)に英国科学誌「Brain」(オンライン)に掲載されました。【タイトル】“Arginine is a disease modifier for polyQ disease models that stabilizes〉

 

 

◎前傾姿勢の社会から離れて

〇振り返ってみることを大事に(※改訂再録)

​ 福祉の現場で様々な高齢者に接し、父母や義父母を見送り、今や自分も難病を抱え高齢化社会の渦中に入っている。


 以前、母についての随筆「今ここにある幸せ」に次のことを書いた。

【老齢や死は人としての自然現象であるにも拘わらず、現代社会ではマイナスの感情が強い。若さや生産性に価値があり、老齢や死に価値がないとするならば、人の一生とは日々価値を失っていく貧しい人生となる。
 どうも大きな捉え違いをしているのではないのか?

「進歩するのが良い」「役に立つのが良い」「できるのが良い」と。「いまここに、そのままの、あるがままに存在している」ことよりも、「明日に向かって夢を託す」ことに日々の活力の多くを費やしているのではないか?

「お金を貯めなくては」「いい学校・会社に入らなければ」「生きがいのあることを見つけなくては」と。

 本質的に、人間は良く生きたいという本能を強くもっていると思われる。どんなに年を取ろうと、どんなに重い病気になろうと、どんな苦境に立とうと、「良く生きたい」という気持ちは簡単にはなくならないはずである。

 それに応えてくれるものが、今ここに、日常の暮らしに満ち溢れているのではないだろうか。次に進むことにあくせくして、今ここに在るものに、どれだけ心を向けているのか。

 季節としての巡りくる春だけではなく、今ここに在ると思われる「春」をどれだけ観ようとしているのだろうか。】

 

 これは、随筆「今ここにある幸せを」の一説であるが、どうも社会全体の傾向ではないだろうか。

「明日に向かって」、前のめりに予測を立て、計画を立て、見込みをはかりつつ、次々に手を打っていく。例えば、子どもの将来のためとして、いい会社、いい学校、そのために、小さい頃からの塾などにせっせと通わせる。など。

 日常的に、「計画を実現するため」「利益を上げるため」「作物を沢山収穫するため」「目的地に早く着くため」「国や、会社、共同体のため」等々。

 まず目標を設定して、そこに至る最短・最適のルートを想定する、できる限り効率的に、楽に、短期的に実現するためにエネルギーを使う。

 

 この辺りのことを、臨床哲学者・鷲田清一は,
「現代に働く多くの人々が日々使っている言葉を列挙してみる。プロジェクト(project)、利益(profit)、見込み(prospect)、計画(program)、進捗(progress)、生産(produce)、昇進(promotion)。これらのビジネス用語の接頭辞になっている“pro”というのは、ギリシャ語で「前に」という意味を表す。つまり全て前傾姿勢なのである。」
(『「待つ」ということ 』角川選書、 2006年より)として、この前傾姿勢が、社会にはびこっているのではないかとしている。

「待つ、立ち止まる、振り返る」そして、考えたり、見直したりすることよりも、前に動いている方が、何かをしている、積極的に生きていると思いがちである。また、方向がはっきりすればするほどエネルギーも湧いてくる。

 飛躍するようだが、最近の新型コロナウイルス問題やきな臭い世界での出来事など、 今後の社会の発展を決定的に阻害する可能性のある様々な問題が、山積み状態に存在していて、それぞれが相互に関連しあって顕在化しているのではないだろうか。

 前傾姿勢で遮二無二に進んできたこと、また、自分にも身についているだろう時代によって形成された価値観によって、過去からの様々な「人類の放漫経営のつけ」が重くのしかかってきている気がする。

 だからといって私のやれることは、身近に起こることに誠実であろうとするだけだ。どこまでやれるか心もとないが、そして、遠ざかっていく過去の中に、私たちの課題を見直していく多くのことがあるのではないかと思い始めている。悲惨な目に会いながら、時代の波にもまれながら、貴重な問題提示をしている先人がいて、その先人たちの貴重な提言を援用しながら、そのことをどれだけ自己に返すかという意識を維持しながら、振り返っていくことを大事にしておきたい。 

◎孫の成長記録(1歳8ヶ月)身近なワンダーランドで

〇孫はほとんど歩くようになり、ジジババに両手をもってもらうのがお気に入りで、手をつないで歩くのだが、何か興味あるものを見つけると手を放して飛んでいく。

 

 今まではあるところまで乳母車で行き、公園や浜辺についてから自由に行動させるが、往来を歩くのは自動車の危険がある。
 もう少し成長すれば、自身で注意を払うと思うが、まだそれは無理そうなので、この時期はかなりの目配りがいると思う。

 

 最近は蒸し暑いこともあり、遠出というより、マンションの廻りで過ごすことが多くなる。
 日常利用しているところなので、私はほとんど注意を払わないが、孫にとっては、ワンダーランドで、蟻やダンゴムシなど虫たちの動き、面白い石やへんてこなものをしばらく眺めていじりまわしている。

「それバッチイよ」「さわったらだめ」という声掛けは分かるので、ヘンなことにはならないが、とにかく不思議で面白いらしい。

 

 妻は草引きが身についているので、孫を見ながらせっせと広場の雑草引きをしている。
 私の場合は、花や樹々に目が行きがちになるが、蟻の動きや、虫などの動きを子細に見ていると、興味がわくのも分かるような気がする。

 

 レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』に次の言葉がある。
「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。」
「もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっていたとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性』を授けてほしいとたのむでしょう。」

 

 今時期から孫へ、この感性をのびのび培うのを見ていきたいと思っている。

 

〇レイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』から
 生物学者のレイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』(sense of wonder・上遠恵子訳、森本二太郎写真(新潮社、1996)の中から文章をいくつかあげてみる。

 本書は、彼女の死の翌年(1965年)に出版された全60ページの写真も収めた小編だ。幼い甥のロジャーとともに体験したこと、地球や生命の美しさを見て、聞いて、触れて、嗅いで感じることのよろこび、そして子どもたちが豊かな感性を育むための時間の過ごし方が、詩的な言葉で綴られている。

「センス・オブ・ワンダー」は直訳すれば「驚く感覚」ということになる。訳者の上遠恵子さんは「神秘さや不思議さに目を見はる感性」という訳を当てられている。

 

「印象に残った文章から」
・〈「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
 もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっていたとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性』を授けてほしいとたのむでしょう。
 この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対するかわらぬ解毒剤になるのです」(p23)〉

 

・〈「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。
 子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。
 美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。
 消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。」(p24~26)〉

 

・〈「人間を超えた存在を意識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことは、どのような意義があるのでしょうか。自然界を探検することは、貴重な子ども時代をすごす愉快で楽しい方法にひとつにすぎないのでしょうか。それとも、もっと深いなにかがあるのでしょうか。
 わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。」(p50)〉

 

 全編が詩的な文章で、詩歌の世界にもつながっているのではないか。併せて、このような環境、それを支える人的なネットワークも大事だと思っている。

◎いまここのあるがままに(人生の「冬」を迎えて)

〇73歳を迎えて思うこと。
 病が進みつつある私にとって、また友人の困難な状況に触れるにつけ、この先どのようになっていくのか、チラッと考えることもある。だいたいは気楽に暮らしているが。

 

「老いる」とは、どういうことなのかについては、仕事や身内の介護する中で、「次の春が訪れない冬」のイメージがあった。

 私たちは、遺伝子の振る舞いから見たら、母親の胎内で受精した瞬間から死に向かって歩み始めるらしい。しかも一瞬先のことは誰にもわからない。

 

 しかし、生まれてからかなりの年齢に達するまでは、意識としては、いつでも明日に向かって道が開かれていると思い込んでいる。その道には幾多の分かれ道があり、ある時は迷いながらも、前に向かって道が伸びていることに疑いを抱くことは少ない。幼年期・少年期から青年期にかけては、その道が大きく広がっていて、働き盛りといわれる壮年期にも衰えることはない。

 

 ところが、ある段階に来ると、道がかなたに伸びているとはとても思えなくなってくる時期が来る。現在の私のように。

 そして、人生という道がやがて行き止まりとなるとの意識が段々強くなっていく時期が来るだろう。

 

 私たちの一般的な季節感では、春は生命の息吹が芽生え、夏は生命が躍動し、秋は生命の豊かな実りを迎え、そして冬は来るべき春に備えて生命のエネルギーを蓄える時というイメージがある。

 しかし、人生の季節では、向老期、老年期は秋から冬になる時期だが、巡ってくるべく春が描けないのである。しかもそれが何時まで続くのかわからない。
 なぜ「老い」について、このような寂しいイメージが湧いてくるのかというのが、その頃の問題意識となった。

 

 老齢や死は人としての自然現象であるにも拘わらず、現代社会ではマイナスの感情が強い。若さや生産性に価値があり、老齢や死に価値がないとするならば、人の一生とは日々価値を失っていく貧しい人生となる。

「進歩するのが良い」「役に立つのが良い」「できるのが良い」と。
「いまここに、そのままの、あるがままに存在している」ことよりも、「明日に向かって夢を託す」ことに日々の活力の多くを費やしているのではないか?

 

 ここに来て、過去や未来のことをまったく考えずに、一生懸命に今を生きている孫の育ちを見ることでも見方が変わってきたのを感じる。
 自分は死んでいなくなろうとも、社会そのものは続いていき、次代に繋がっていく。
 また、小さな子どもと違って、過去や社会状況を振り返り、次につながるものを残していきたい気持ちもある。

 

 本質的に、人間は良く生きたいという本能を強くもっていると思われる。どんなに年を取ろうと、どんなに重い病気になろうと、どんな苦境に立とうと、「良く生きたい」という気持ちは簡単にはなくならないはずである。

 それに応えてくれるものが、今ここに、日常の暮らしに満ち溢れているのではないだろうか。

 

 次に進むことにあくせくして、今ここに在るものに、どれだけ心を向けているのか。
 季節としての巡りくる春だけではなく、今ここに在ると思われる冬の最中の「春」をどれだけ観ようとしているのだろうか。

 

 この先全く不安がないとは言い切れないが、今やれることに無理がないところで向き合うだけと思っている。

◎間違いを素直に認める。(73歳の誕生日に思う)

〇昨日73歳の誕生日を迎えた。何人かの人から声かけてもらってありがたいと思った。 最近病が進み、足つきがヨタヨタ、ろれつがヘロヘロで、 ますます身体のギクシャク度が増してきているが、今やれることに向き合うだけと思っている。

 見方をかえればよくこの歳まで生き・生かされて来たともいえる。

 

 それはそうと、大阪の吉村知事も17日が誕生日らしい。確率的に0.3%ほどで、誕生日といっても親からそう言われ信じているだけで、取り立てて感慨があるわけではない。しかし吉村氏については、それほど知っているわけではないが、その態度に好ましいものを感じ注目している。

 吉村氏自身の発言に対し、国の西村経済再生相から「強い違和感を感じています」の遺憾の表明があり、それへの謝罪のコメントは特に印象に残っている。

「西村大臣、仰るとおり、休業要請の解除は知事権限です。休業要請の解除基準を国に示して欲しいという思いも意図もありません。ただ、緊急事態宣言(基本的対処方針含む)が全ての土台なので、延長するなら出口戦略も示して頂きたかったという思いです。今後は発信を気をつけます。ご迷惑おかけしました。」

 

 世間では何かあると、それらしき役割の人がでてきて「責任を感じています」、「誠に遺憾に思っています」など頭をさげて表明しているが、何んとなく胡散臭さを感じることが多い。

 それに対して、吉村氏はその発言に責任を負っている真摯な態度を感じる。(※どこまでも印象にすぎません)誰しも間違い、あやまち、勘違いはあり、その対処の仕方にその人の人格が現れてくるわけで、間違い、あやまちを素直に認めるのは大事だと思っている。特に責任ある立場の人や政治家には欠かせないことだとも思っている。

 

〇「間違い」に関して、鶴見俊輔はたびたび取り上げていて、次の文章は印象に残っている。
〈マルクス主義というのは、You are wrong でしょ。あくまでも自分たちが正しいと思っているから、まちがいがエネルギーになるということがない。
 しかし、思想の力というのはそうではなくて、これはまちがっていたと思って、膝をつく。そこから始まるんだ。まちがいの前で素直に膝をつく。それが自分のなかの生命となって、エネルギーになる。たとえば吉本隆明と私を比較してみると、吉本さんの本はすご いエネルギーがあるんですよ。なぜかというと、吉本は戦争中皇国少年だったから、戦争が終わったとき、自分はまちがったと思って膝をついたんだ。膝をついた者のエネルギーが吉本思想のエネルギーなんです。そのエネルギーでいくつもの体系をつくっていく。私 は吉本のようには膝をついていません。私は“一番病”のおやじから非常に早くに離れたから、ファシストにはならずに、戦争が負けたときにも膝をつかなかった。」
「私はI am wrong だから、もしそれらから「おまえが悪い」といわれても抵抗しない。この対立においては、結局決着はつかないんですよ。私がYou are wrongの立場に移行することはないし、You are wrongは私の説得には成功しないから。」
(鶴見俊輔『言い残しておくこと』作品社、2009年より)

 

 厳密にいうと「I am wrong」 も「You are wrong」も、どこまでもそうなる可能性のことで、言い切ることはできないが、「自分を振り返り見つめていくこと」と「自分を顧みることをせずに、他者に矢印を突きつける」あり方は、極端に違ったものになる。
 

 マルクス主義に限らず、なになに主義や独自の理想を掲げた集団というのは、そうなりやすい面がある。

 

 人間の究極の問題として、自分がまちがっているという可能性は、科学的に考えて排除することはできないと考えている。

 どんな人でも間違いや過ちはあり、人間のできることは、間違いや過ちを謙虚に認め、そこから冷静に分析し学び、少しずつ方向を改めてゆきながら、むしろ間違いや過ちから学ぶことで、生き方がより豊かに、深くなっていくのではないだろうか。

 

◎書評:守下尚暉『レミアの翼』Kindle版。

〇守下尚暉『レミアの翼』Kindle版(パブフル、2017)を読む。
 守下尚暉『『根無し草:ヤマギシズム物語1学園編』を読み、表現力が巧みで、物語としても読み応えがあり、続けて他作品も読んでいます。
 まず、守下著『レミアの翼』を読みました。学園生活の合間に十四歳から十九歳に書いた初めての物語らしいです。

 

「あとがき」に〈今の私がレミアの翼を読むと、誰もが『親愛の情』を心に秘めているという青臭い幸福観や、当時の私の稚拙な価値観が大きく反映されていて、正直恥ずかしくもありますが、当時の等身大の私の幼さや愚かさも尊重して、若干の推敲は施したものの、出来るだけ当時の雰囲気のままに書き起こしてみました。〉とあります。

 確かに展開が単純で、登場人物の描写も奥行きがあまりなく、ヤマギシ社会でよく使われる表現がでてきて、こそばゆい感じがありますが、厳しい学園生活の合間に書いていたとのことで、当時そこの事情を知る私から見て、たいしたもんだなと思っています。

 

 本書の案内文、〈利他的行動が巡り巡って自分に還ってくる、児童文学的なショートストーリー。大気と水と光と土。それらが揃ってさえいれば、森の木々は正常に育つはずである。しかし、なぜか地上の緑は、少しずつ失われつつあった。それを不思議に思ったレミアは、ラムダ老にその疑問をぶつけてみる。すると老から、驚くべき話を聞かされた。地上には『人間』という種族が生息し、大自然の営みを蝕んでいると言うのだ。『人間』に興味を持ったレミアは、老から三日間の時間を与えられ、地上の世界に舞い降りた。他を想う心で成り立つ世界を描いた、児童文学的な短編ファンタジー小説。〉

 

 天界に住む15歳程度の少女・レミヤに亜人種エルフ族の8歳程度の少年・ランカートが絡む、「親愛の情」をキーワードとする三日間にわたる冒険譚。

「幸福とは、自分以外の誰かのことを想って行動し、そして誰かからも自分のことを大切に想って貰うこと。 すごく簡単なことの筈なのに、なぜ人間たちは幸福に生きることが出来ないのでしょうか?」、「他者を想うことで成り立つ幸福の形」などの言葉がでてくる。
 また全てお金が絡む人間界の不思議さが描かれていて、そこで育ったヤマギシの村の影響も感じられます。

 

 強烈な破壊があるような場面が続くが、残虐な描写もなく、死者が出てこない(描かれない)。

 最後は「他の悲しみを自分の悲しみと思い、自分の喜びは他の喜びとなる」というような心境に、王も盗賊も騎士もなるハッピーエンドとなるが、自然な流れのように感じました。

 

「人間らしさとは?」「幸福とは何か?」というテーマもあり、単純な物語展開ですが適度なファンタジー性もあり、多感な中高生ぐらいの年代にも喜んでもらえそうな物語であり、現72歳の私にとっても、面白かったです。

 

「あとがき」に著者の気概がよみとれます。
〈その現実を思い知った今の私でも、それでも自分の子供には、「人は必ず心を通わせることが出来る」「この世界は捨てたもんじゃない」と言い聞かせたいものです。
 ストーリーの骨組みは『情けは人のためならず』ということわざを分かりやすく物語にしてみよう、というコンセプトで作られ、利他的行動が、最終的には自分に還ってくるという、児童文学的な内容になっています。かって、子供向けの物語と言えば、本や漫画、アニメなど媒体に限らず、このような『教訓』的な内容が盛り込まれた作品が多かった気がしますが、近年では娯楽的要素を追求するあまり、こういった作品はほぼ死滅してしまったように思います。しかし私は、物語を書くからには、実際に自分の子供にも読んで欲しいと思えるような作品を残したいと、常日頃から考えています。
 世間の荒波に揉まれて、すっかり擦れてしまった今の私でも、レミアの翼を読むと、執筆当時の十四歳の私が目の前に現れて、童心に還るような気がします。読んで下さった全ての人が、みな同じような気持ちになれるとまでは云えないでしょうが、少しでもその一端に触れて貰えれば幸いです。〉

 

 著者のことを知り始めてキンドル版をネットで読み始めましたが、これはこれで手軽で便利です。このようなファンタジー作品はよく知らないですが、『根無し草』とともに、著者の作家活動としての大事な作品になるような気もします。

 今「カドルステイト物語」Kindle版を続けて読んでいますが、これは登場人物の個性が良く描かれ、物語描写も巧みで、次にはどんな展開になるのかわくわくするものがあり、面白いです。
 今後の活躍が楽しみですね。

 

※守下尚暉『『根無し草:ヤマギシズム物語1学園編』の書評を、ブログ「広場・ヤマギシズム」に4回に亘って掲載しています。

◎母性と父性から「叱る」について思うこと(佐々木正美に触れながら)

 孫は好奇心旺盛で、背も高くなっていろいろものに手を出すようになる。ときには壊すようなことも起こり、危険なこともあり、「叱る」ことも出てくるようになる。

 

〇「叱る」という働きは、大きく二面性があると思う。
・相手のこと、成長・成熟を願って、感極まって発する思いからのもの。また、言葉にならず思わず手を出してしまうこともあるだろう。これはある種の愛情表現だと思う。

 心ある人に叱ってもらったり、あるいは叩かれたりしながら、自分は成長してきたなと思える人も少なからずいるのではないだろうか。

 

 歌人・河野裕子さんの次の短歌は、家族への愛情にまっすぐつながっていると思う。
「君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る(『桜森』)

 叱った自分に対し強列な後味の悪さを残す。つぶさに見てみないとわからないが、愛情につながっていることが多いのでは。

 

 次のようなエピソードもある。永田和宏と大学卒業後結婚。歌人夫婦として歩み始める。当時永田は大学の研究員でしたが無給だ。そのため夜遅くまで塾講師を務めながら多忙な日々を送っている。一方河野は、家事と子育てを一手に引き受け永田を支え続ける。

「食えと言い寝よと急かせてこの日頃妻元気なり吾をよく叱る」(永田和宏)

「しっかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ」(河野裕子)

 

・一方、相手を思い通りに動かそうとする意欲から発するもの。
 大人が子供に、上司が部下に、指導的立場や経験豊富な人など、その人のことを思うがゆえに叱る場合。これは思い通りにしたいのか、その人を思うがゆえか、分かり難いので、よほど自覚しなければならないが。

 

 紛らわしいのは、それで目が覚めたという場合もあり、受け取る人の心の状態も絡んでくる。その時点では嫌なものとして残ったが、後から振り返って、発した人の思いはともかく、よかった、よく言ってくれたという思いを抱くこともある。

  

「率直にその人のことを思って」と「相手を思い通りに動かそうとする」両方の間のグレーゾーンの領域がほとんどだろう。どちらであるかは曖昧であるが、いずれにしても、そこに「怒り」をどの程度伴っているかどうかが一つの目安になる。

 

 問題外なのは、一つの組織として、周りを組織の思い描くように、構成員を思い通りに動かそうとする組織ぐるみの思いが気風になって、影響力の強いリーダー、それに賛同する人たちに支えられて、組織ぐるみのパラハラがある。

 

〇子育てについて、今の私は児童精神科医・佐々木正美の見解をよく参照する。
「母性と父性について考える」の中で、直接「叱る」をテーマにしているわけではないが、子どもを育てていくにあたっての大事なことが述べられていると思う。

 

 佐々木氏は「母性と父性」を次のように述べる。
・母性:「無条件の保護」=やさしさ、無償の愛。
・父性:「条件つきの愛情」=厳しさ
〈子どもにとっては、ありのままのその子を受け入れ、認め、そして絶対的なやすらぎを与える力が母性です。保護してくれる存在。これに対して、父性とは、これはしてはいけない、こうしなければならないというルールやマナーを教える力です。つまり、しつけというのは父性の部分でしているものなのです。
母性はなんでも許してしまいますが、父性は許されないことを示し、制限する。いずれにしても、両方をバランスよく受け取りながら、人は成長し、人格を形成していくのです。〉

 

・母性的なものと父性的なものというのは、男性女性に関係なく、だれもがもっているものだということです。女性のなかに父性はありますし、男性のなかにも母性はあります。

・母性が強すぎると、甘えん坊で自立できない人間が育つ。
・父性が強すぎると、幼児性と攻撃性が出てくる。

 

〈父性的なものを伝えるには、こうした母性的なものが子どもたちのなかに十分伝わっていることが重要です。母性によって、「自分は自分でいいんだ」という自尊心がしっかり育っていないのに、しつけや厳しい教育的なことをいっても伝わりません。子どもはうまく育っていけません。〉

 

・母性的なものが伝わったあとに、父性的なものが伝わる。

〈このことをしっかりと知っておいていただきたいと思います。
多くの方が、ここを勘ちがいして子どもを育てているように見えます。子どもをしつけたり、教育したりするとき、私たちはしばしば父性的なものが先に立ってしまいがちです。子どもが何か悪いことをしたときに、「そんなことをしてはいけない」と叱ります。しかし、それでは子どもには通じないのです。母性が十分に伝わっていない子どもに、いくら父性的な部分でしつけようとしてもうまくいきません。〉

 

・まず、子どもを無条件に受け入れ希望を満たしてあげる。厳しさやルールを教えるのは、そのあとです。

 

参照:佐々木正美著『抱きしめよう、わが子のぜんぶ―思春期に向けて、いちばん大切なこと』(大和出版、2006)

〇母性に包まれて父性らしさを発揮できることは、子どもを育てていくときに肝要ではあるが、青年期、その後も続く大切なことだと思っている。

◎孫の成長記録(1歳7ヶ月)自発性をのびのびと

〇孫の成長記録(1歳7ヶ月)
 1歳7か月ともなると、より一層好奇心が旺盛で動きも活発である。一応乳母車を用意しているが、ほとんど歩き、疲れると車代わりにしている。
 居宅に来ると一緒に散歩して、近くの大きな公園や、海沿いの浜辺に連れていく。

 

 お気に入りは両手にじじばばと手をつなぐことだが、私の足取りがもっとも危なかっしい。孫の足取りは、まだそんなにしっかりしているわけではないが、反射神経が柔軟で、アレッと思う場面でもあまり転ぶことはない。この辺は私と大違いである。

 階段や、滑り台の梯子も果敢に挑戦し、一人でも這ってやり遂げる。
 まだまだ見守り手の支えがいるが、自らやろうと能動的に動き回っている。

 

 かなり興味をそそられるのは、各種リモコン、ラジオ、電話機などのスイッチ、面白いのでパチパチ繰り返す。電話機のボタンを押しまくり液晶の文字が出なくなった。壊れたわけではないのでそのままにしてある。口笛練習用のCDが急に大きくなったりする。

 また、やたらと引き出しを開け、興味あるものを捜し、引っ張り出す。

 

「そこはいじらないよ」とオクターブをあげると、一旦こちらを向くがまた始める。2、3度繰り返して止めることになる。まだこの辺の分別があまりつかないらしいが、いけないことをしているのは分かるらしい。すぐに他のことに気を向けることが多い。

 

 だが、やめないときは押さえるが、わっと泣き出し泣き方も激しい。それでもきりかえが早く、今のところたいしたことにはならない。

 もっと体が大きくなり反発力がついてきたら、今は声のトーンを上げるぐらいで収まっているが、叱るような局面も出てくるだろう。

 

 発達心理学では、好奇心や「学びたい」気持は子どもの持つ特質であると言われていて、禁止されても遊びたがり、ものごとの「なぜ?」を知りたくなる。子どもは知識欲に飢えているという。
 これは、大人になるにつれて好奇心が薄れ、現状維持へと向かおうとする傾向はあるが、進化的に人の持つ特質であるともいえる。

 

 人類学者の長谷川真理子は次のようにいう。
〈この原動力はどこから生まれてくるのか。それはやはり「知りたい。説明したい」という欲求によるもので、知ることが楽しく、適切な説明ができると感じることが楽しく心地いいからだろう。一方、環境は日々変化していくため、それに適応するよう学び直しなどしていく必要があることも事実だ。それでも人類の根源的特徴として、「知りたい。説明したい」という欲求は存在する。〉

(10MTV「人間だけが大人になっても『学び』を持続できる」より)

 

 子どもは自発的にやって喜びを感じながら伸びていく。それを達成したときの喜びが、さらなる向上心となって次の意欲を生み出す。これまで自分の出来なかったことが出来るようになると、脳が活性化し神経細胞の回路が強化され、ますますやりたくなる喜びのループが強化される。

 

 いろいろなことに挑戦し続けることで、身体・脳が活性化しそれへの対処の仕方、解決への仕組みを獲得し覚えていく。好奇心を覚えていろいろなことに挑戦し続けること、大きな危険への配慮をしながら、その自発性を受容する周りの人たちによって子どもが育っていくのではないか。

 

 多くのことを親や周りの人に支えられているとはいえ、一人の人間として生身の生活を生きている。親でも奪えないもの、犯せないものが、生まれた時から備わっている存在だと思う。

 

 そのためにも、子どもの自発性を尊重し、自発的にやって喜びを感じながら伸びていくのを温かく見守っていくことを思う。

 ことさら自発性と言わなくても、余計なおせっかいをしないで温かく見守っていると、好奇心に満ち溢れていて何でもやってみたくなる。
 むろん、「それはダメ」「そんなことはしないよ」と適度な声掛けは必要だが。

 

 孫の育ちを見ていて、多くのことを親など家族に支えられて育まれていくが、「自分の足で立ち、自分の頭で考える」ことをおさえ、ひとりの精神的な人格者として、そして「心をもつ者」として見ることが、ますます大事になってくると思う。

 

◎価値の遠近法に照らして、必要なものを絞り込む。

〇断捨離と価値の遠近法
​ 福祉関係だけでなく、高齢化社会や老いの暮らし方に関する会合で、断捨離のことがよくテーマになる。

 特に高齢化した親と同居している人や地元に長い間根付いている人の跡継ぎなどには、使わないもの、使えないものがあふれていて、勝手に処分するわけにはいかず、併せて自分自身の老後についても、いろいろと考えることになる。

【断捨離(だんしゃり)とは、不要なモノなどの数を減らし、生活や人生に調和をもたらそうとする生活術や処世術のこと。基本的にはヨーガの行法、「断行(だんぎょう)」、「捨行(しゃぎょう)」、「離行(りぎょう)」という考え方を応用して、人生や日常生活に不要なモノを断つ、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考え方、生き方、処世術である。単なる「片づけ」や「整理整頓」とは一線を引くという。

 断=入ってくる要らない物を断つ。 捨=家にずっとある要らない物を捨てる。 離=物への執着から離れる。(ウィキペディア:Wikipediaより)】

 

 なるほど。だが、モノのこともあるが、頭の中の記憶、パソコン上のデーター、各種記録などにもその考え方を応用したい。それも大きな課題だが、先ずモノから始める。

 妻の私に対する軽い不満感に、「(どちらでも)いいよ」との返事がある。
特にモノについて処分するかどうかを問うときに分かりにくいと迷うようだ。

「この服古くなったので棄ててもいい」「この靴履かないからゴミに出していい」「この道具使わないのだったら処分していい」などと聞かれると、そう言われてもいいものの場合がほとんどなので、「いいよ」と返事する。ところが「貴方のいいよ、は分かりにくい」、「処分していいよ」なのか「処分しなくていいよ」なのか分からないと言う。表情からも。どちらかというと選択権を一任しているので、いいようにしてくれとの場合が殆どだが。

 これについて考えてみた。やはりどこかに「捨てるのはもったいない」という観念が根強くあるのではないか。まだまだ使えるのではないかと。そこに、様々な素材を集め、組み合わせ、創造性と機智を添えて、器用に自分に必要なものを生み出していくプリコラージュ・ブリコルール(手仕事職人)の考え方がえらく気にいっている。

 

 数年前まで、出雲の義父母の家で一緒に暮らしていた。その家の家庭菜園には道具置場があり、そこには義父母が揃えた各種道具類、資材、肥料・種などがふんだんにあり、中途半端に使っていたものが多かった。こんなものを何に使っていたのか分からないものもあった。暮らし始めて8年になるが、苗や種、有機肥料以外、殆ど買ったことがなく、あるものを工夫して使いこなしている。そういうことも、面白いし楽しい。だが、処分したほうがいいものが多い。

  また、書籍や資料類、記録文書になると、手つかずの状態であった。そこで、少しずつ整理をし始めていた。

 義父母が亡くなり、ほとんど処分し家も売って、神戸に引っ越ししたのが4年前。だが、自分たちのいろいろなものも増えてきている。

 身軽になる目的は、余計なものをそぎ落とし、風通しを良くし、自分にとって大事なことを際立たせることである。現在は様々なことが雑然としていると感じている。

 鷲田清一が提唱している「価値の遠近法」の考え方に照らせば「1、絶対必要なもの。2、どちらかといえば必要なもの。3、端的に必要ないもの。4、全く必要ないもの。」に分けることができるだろう。

 私にとって身軽になるとは、適度の伐採で、光や風が行き渡ることで樹木がほどよく育っていくように、できるだけ1と2に焦点を合わせた生き方をしていきたいと考えている。老い先も見えていることもあり、真面目にやろうと考えている。

【参照資料】
※価値の遠近法についての鷲田清一「絶対になくしてはならないものを見分ける」よりよく言うのですが、わたしは「教養」や「民度」ということについて、次のように考えています。なにかに直面したとき、それを以下の四つのカテゴリーのいずれかに適切に配置できる能力を備えているということです。まず、絶対に手放してはいけないもの、見失ってはいけないもの。二番目に、あったらいい、あるいはあってもいいけど、なくてもいいもの。三番目に、端的になくていいもの。なくていいのに、商売になるからあふれでいるもの。そして最後に、絶対にあってはならないこと。

 繰り返すと、絶対になければいけないものと、あったらいいけどなくてもいいものと、端的になくていいものと、あってはならないこと。いろんな社会的な出来事や人物に触れたときに、大体でいいから、この四つのカテゴリーに仕分けすることができているというのが、教養がある、あるいは民度が高い、ということなのです。わたしはこれを経済学者の猪木武徳さんにならって「価値の遠近法」と呼びたいのですが、本当の意味での市民としての教養とはそういうことで、それが、市民性があるということだと思うんです。
(鷲田清一『語りきれないこと 危機と傷みの哲学 』(角川oneテーマ21)、角川学芸出版、2012)より

◎自分の足で立ち自分の頭で考える。

〇人が生きていくときに、考えたり問い続けたりすることは大切にしたいと思っている。それに先立って「自分の足で立ち、自分の頭で考える」ことは必然的なことである。

 

 1歳半の孫の育ちを見ていて、多くのことを親など家族に支えられて育まれていくが、「自分の足で立ち、自分の頭で考える」ことをおさえ、ひとりの精神的な人格者として、そして「心をもつ者」として見ることが基本になると考えている。


 そのことは、乳幼児期に限らず、人が生きていくことは、数多の人に支えられ、見守られながらも、「自分の足で立ち、自分の頭で考える」人同士のお互いの相互作用によって生き・生かされていくのだと思う。

 

 人は誰でも、その時代、社会状況、身近な環境の影響を受けながら、考え方、感性などを培い身につけていく。

 その自覚の中で、特にこれは大事なことだと思うことは、まず今の自分の見方はどうなんだろうと一旦留保しながら、問い返すことを大切にしたい。

 

 厳密にいうと、さまざまな影響を受けながら、自分の考え方を育てていくので、自分の頭で考えるといっても限界があるが、そこを自覚する必要があると思う。 

 だが、「自分の足で立ち、自分の頭で考える」ことは、よほどの自覚がないと難しいこととなる。


 私はある団体に2001年まで25年余所属していた。
 その集団内でよく使っていた表現、他ではあまり使わない独特の言葉を、説得的な言葉として、あるいはその言葉を使えば伝わるのではないかと「お守り言葉」のようなものとして使い、その言葉、表現の一つひとつを吟味することなく、自らの感性に照らすことなく、安易な使いかたをしていた思いも残っている。

 

 その団体に限らず、政治結社、宗教団体、特定の団体など、その社会でしか通用しない、独特の言葉を多用する。広げれば、テレビやインターネットや本や雑誌や広告などで語られる少なからずの言葉・表現にはそのような要素が含まれている。

 

 鶴見俊輔氏の考察に「言葉のお守り的使用法」がある。
「言葉のお守り的使用法とは、人がその住んでいる社会の権力者によって正統と認められている価値体系を代表する言葉を、特に自分の社会的・政治的立場を守るために、自分の上にかぶせたり、自分のする仕事の上にかぶせたりすることをいう。このような言葉のつかいかたがさかんにおこなわれているということは、ある種の社会条件の成立を条件としている。もし大衆が言葉の意味を具体的にとらえる習慣をもつならば、だれか煽動する者があらわれて大衆の利益に反する行動の上になにかの正統的な価値を代表する言葉をかぶせるとしても、その言葉そのものにまどわされることはすくないであろう。言葉のお守り的使用法のさかんなことは、その社会における言葉のよみとり能力がひくいことと切りはなすことができない。」とし、お守り的に用いられる言葉の例として、「民主」「自由」「平等」「平和」「人権」などを挙げている。(※『鶴見俊輔集3 記号論集』筑摩書房)

 
 先の戦時中、日本では、B29による空襲の戦下、各地焼野原の状況の中で、「鬼畜米英」の頭(お守り言葉)で、竹槍訓練に励んでいた人が多くいた。私たちの父母、祖父母の世代である。

 

 今回の緊急事態宣言のなかでの、極端な「自粛警察」的な言説などは、緊急事態宣言の頭になっている人で、それほどでなくても、そのような頭になっている人も少なからずいただろう。


 むろん今回のようなウイルスの場合、一人ひとりの取り組みだけでは対応できないが、それでもその状況を押さえながら、一人ひとりが考えて対応することが基本だと思う。「自粛」は辞書では「自分で自分のおこないをつつしむこと」となっている。

 

 25日から全国的に一応解除された。
 別に収束したわけでもないし、医療従事者など、依然として大変な状況はつづくだろうし、困難を抱えている人は数多いると思う。
 私の場合、年齢的なものや病を抱えて大した活動をしていないので、それに甘えて、宣言が解除されようとそうでなかろうと、その時々の社会状況を抑えながら、その中で工夫して、注意深くかつ有意義に暮らしていこうと思っている。 

◎「考える」ことは「やる」ことより大切

〇新型コロナウイルス関連の報道に触れて、困難な状況の中で「生きる」ことについていろいろ思う。ここのところ自分自身の身体のことや親しく関わった友人たちの状態など身近な課題になっていることもある。

 いろいろな困難を乗り越えて、あるいは抱えながら今に向かい合う人、明日に向かっていく人、一方、年齢に応じて心身ともに困難が増してきて、悶々とした日々を送る人、「死んだ方がましだ」と思いながら暮らしている人などに対し、いずれにもさまざまな思いが出てくる。

 なにかと「早くお迎えに来てほしい」と言っていた晩年の母や、九十歳を超えた義父母と介護しながら暮らす日々、仕事としてさまざまな困難を抱えた人にかかわるなど、折々にどのように関わったらいいか模索しながらきたが、七十歳を超えて自分のことになってきた。

 近来、身体が思いとちぐはぐになることがあり、あちこち歪みが出てくるようになる。春一番や今日のような大風に会うと、足元がおぼつかなく車には緊張する。また「想像力で感じていること」と、それを「実際的に活動に結び付けること」とのあいだの距離がますます大きくなっている。災害など駆け付けたいことや友人の近況を聞いて、いきたいと思ってもすぐに行動するとはならない現状だ。

 私たちは、遺伝子の振る舞いから見たら、母親の胎内で受精した瞬間から死に向かって歩み始めるらしい。しかも一瞬先のことは誰にもわからない。

 しかし、生まれてからかなりの年齢に達するまでは、意識としては、いつでも明日に向かって道が開かれていると思い込んでいる。その道には幾多の分かれ道があり、ある時は迷いながらも、前に向かって道が伸びていることに疑いを抱くことは少ない。幼年期・少年期から青年期にかけては、その道が大きく広がっていて、働き盛りといわれる壮年期にも衰えることはない。

 ところが、ある段階に来ると、道がかなたに伸びているとはとても思えなくなってくる時期が来る。そして、人生という道がやがて行き止まりとなるとの意識が段々強くなっていく時期が来る。それが、私の母のように晩年期の特徴の一つと言えるかもしれない。

 また、私たちの一般的な季節感では、春は生命の息吹が芽生え、夏は生命が躍動し、秋は生命の豊かな実りを迎え、そして冬は来るべき春に備えて生命のエネルギーを蓄える時というイメージがある。しかし、人生の季節では、向老期、老年期は秋から冬になる時期だが、巡ってくるべく春があまり描けないのである。しかもそれが何時まで続くのかわからない。

 もちろん人生の段階の分け方にはいろいろあるし,年齢を加えていくほど個人差が大きくなると思われる。一人一人の人生観も大いに異なっているので、その晩年期、老年期と言われているものをはっきり区分けするのは大変難しいし、そのイメージにもさまざまあるだろうとは思う。

 福祉活動する中で、死の間際においても、柔軟で心の豊かな高齢者にも触れてきたし、情報としても、感心するような敬愛するような話を聞いて、自分もささやかでもそういう生き方をしていきたいとは思っている。

 本質的に、人間は良く生きたいという本能を強くもっていると思われる。どんなに年を取ろうと、どんなに重い病気になろうと、どんな苦境に立とうと、「良く生きたい」という気持ちは簡単にはなくならないはずである。

 歳を重ねることで、むしろこの身体の状態であるからこそ見えてくることもあるのではと思う。「やる」ことは「考える」ことより大切だとおもわれがちだが、わたしはそんなことは信じていない」という晩年期の吉本隆明のような人もいる。

 今の自分のできることは、想像力や考えようとする意欲はあるので、まずは柔軟に頭を使うことだと思う。そのためには、関心を持つこと、興味を抱くことを大事にするし、野次馬的な関心事はほどほどにして、整理していきたいし絞っていきたいと思っている。 

◎家族とは人間社会だけの普遍的な現象らしい。

〇緊急事態宣言が出て日々散歩している。私たちの散歩コースは海沿いや芦屋市の大きな公園、美術館沿いの幅広い遊歩道が広がっている。
 そこで子ども連れの家族、乳幼児を連れたお父さんお母さんとよく出会う。総じて和やかな雰囲気があり、子どもたちも楽しそうである。

 

 孫夫婦を見ていて、ある意味大変だろうが、子育てが楽しいのが伝わってくる。また、子どもの成長に伴って、人として何かしら成熟していくのを感じている。
 むろん、私たちも孫が出来て、気楽な立場もあると思うが、時折見ていくのは面白いし楽しみにしている、少々疲れるが。

 

 現社会を見渡せば家族にもさまざまな状況があるだろうが、ここで出会う限りでは、全体的にゆったりした落ち着きを感じる。

 そしてこのような気風が、家族単位を越えて社会に拡がれば、良質の人間関係をもたらすのではないかとも思う。

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〇家族形成が人類進化の大きな源流と言われている。一見そのように見える「種」はあるが、ある一定の期間だけで、生まれてから死ぬまで生涯にわたって家族であり続けるという形態は、人間の家族だけらしい。

 

 さらに人間の特徴は、単体ではなく複数の家族が集まって共同体を作る二重構造を持っていること。複数の家族を内包した共同体は人類だけの不思議な社会システムらしい。集団が巨大化し複雑化しても、家族という基本的な社会単位が崩れることなく存続し続けた事実があり、共同体を中心に、食物を共同で生産し、分け合って食べる。子育ても共同。家族単体ではできないから、共同で行なう。

 

 山極寿一は、人間の持っている普遍的な社会性について、「一方的な奉仕、互酬性、帰属意識」の三点をあげている。

 

(1)見返りのない奉仕をすること:人は自分を愛してくれる家族のもとで「見返りのない奉仕(献身的にしてあげる)」の精神を培い、その環境の中で「誰かに何かをしてあげたい」という気持ちが育っていく。その思いは家族の枠を超えて共同体にたいして、もっと広い社会に対しても広がっていく。

(2)互酬性(何かをしてもらったらお返ししたくなる):互酬性とは個人あるいは集団間で、贈与を受けた側が与えた側に何らかの返礼をすることによって、相互関係が更新・持続されること。人類学において,贈答・交換が成立する原則の一つとみなされる概念。

(3)帰属意識:自分がどこに所属しているかという意識を、一生持ち続ける。その帰属意識がアイデンティティの基盤になり、そこにたって、自分自身の行動範囲や考え方を広げていけることになる。人は相手との差異を認め尊重し合いつつ、きちんと付き合えるのはその基本に帰属意識があるという。

※参照:山極寿一『「サル化」する人間社会』(集英社インターナショナル、2014)

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※鷲田清一・山極寿一 著、『都市と野生の思考』インターナショナル新書(集英社インターナショナル)より抜粋

〇人間がつくった最古のフィクション「家族」

山極 僕は、家族もフィクションだと思います。それこそ人間がつくった最古のフィクションではないでしょうか。雌雄関係は互いの欲求にもとづいたもので、そこにフィクションは入り込まない。けれども父親はフィクショナルな存在です。

鷲田 父子関係自体がフィクションとは。それは大胆な意見だな。

山極 母子は、出産という直接体験を通じてつながっています。ところが、父親は母親から「これはあなたの子どもです」と手渡されてはじめて、父親になる。一生を通じての保護者の役割を与えられる。

鷲田 父という役割が集団の中で誕生し、そのフィクション性が共同体を結ぶ力になったということですか。

山極 動物は授乳が終われば、母親と子どもの関係も切れる。けれども人では持続します。親と子どもという役割は一生続くでしょう。介護するのも人間だけだし。これはフィクションだからこそですよ。

鷲田 文化人類学にはルートメタファーと呼ぶ概念があります。根本的なメタファー(隠喩)として、いちばん象徴的なのが家族ですね。だから人が集団で行動するときには、必ずお父さん役とかお母さん役を設定する。これは男子校、女子校に限らず、任侠道の世界でも同じです。

山極 人間の子どもは幼いころからおままごと遊びをしますね。これは人間にしかできない遊びです。(中略)

鷲田 自分は両親の子どもだと思っているけれど、それには何の保証もない。たまたま辻褄が合っているから、そう思い込んでいるだけで、結局はどういう物語をつくるかに行き着く。「出自」の語りは個人のアイデンティティを形づくる不可欠の要素で、ここでひどいダメージを受ければ人格すら崩れかねない。