日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

『1/4の奇跡(「強者」を救う「弱者」の話)』より(子育ちアイリス通信4)

〇「この世に生きていることは結局、それだけで十分な奇跡なのだ。」マーヴィン・ピーク『ガラスの吹き工』(1950)〉との言葉がある。

何らかの機縁の重なりによって生まれてきた「ひとりの人」が、親をはじめ何人かの見守りで、ある程度順調に育っていくこと自体が貴重なことと考える。

最近の世界情勢や社会状況を鑑みると、より一層そう思える。

 

評判になった『1/4の奇跡(「強者」を救う「弱者」の話)』によると、

大分前、アフリカのある村で、マラリア伝染病が猛威をふるい、村は壊滅的な打撃を受けてしまう。しかし、どんなに伝染病がまん延しても、どんなに絶滅するほどの病死者が出ても、必ず生き残るグループがいた。

後年、そのメカニズムを調べようと、多くの研究者が、「生存者」本人から、その子孫にいたるまで、徹底的に調査を行う。すると、一つの事実がわかった。

 

それは、マラリアが多く発生する地域では、ある一定の割合で、伝染病に強い突然変異遺伝子を持つ人(鎌状赤血球の遺伝子を持つ人)がいる。

しかし、「強者の遺伝子」を持つ人が生まれるとき、高い確率で、その兄弟に重い障害を持つ人も現れてしまう。その確率は、4分の1。

4人の子どもが生まれた場合、必ずそのうち1人は、重度の障害を持つという事実。

つまり、人間がマラリアとの生存競争に勝つためには、マラリアにかかりにくい「強者の遺伝子」だけでなく、重い障害を引き受ける「弱者の遺伝子」も必要だった――。

 

そこから本書では、生きる価値がある命とは何か。生物の多様化とは何かなど問いが続く。

本書は石川県の養護学校教諭の山元加津子さんの子どもたちとのエピソードと、三人の科学者(柳澤桂子氏、四方哲也氏、新原豊氏)の遺伝子研究の話が融合されている。

 

柳澤桂子氏は次のようなことを述べる。

全人類が一つの大きな「遺伝子のプール」を共有していて、その中からどの遺伝子を受け取るかは個々人で選ぶことはできない。そして必ず誰かが、大きな病気になるような遺伝子を持った人が生まれる。それが遺伝子プールの構造である。

そして、まったく同じ遺伝子組成を持った人が一卵生多胎児以外には存在しない。

人類が出現してこのかた、遺伝子という観点から見ても、私たち一人ひとりは、唯一無二の存在である。

この遺伝子の多様性こそが進化の原動力であり、環境の変化に対する適応力を与える。多様性を失った生物集団は生きていけなくなる。

しかし、多様化するときに、ある一定の頻度で重度の病気や障害の遺伝子を持った子どもが生まれるという事実。

 

その事実から柳澤さんはいう。

「あなたに与えられたかもしれない病気の遺伝子を、たまたま受けとって生まれてきた人がいる。その人に、できるだけ快適な生涯を送れるように配慮し、尽くすことは、健康に生まれたものの当然のつとめだと思います。」

 

折原豊氏はアフリカでのマラリア伝染病の原因となる鎌状赤血球の障害が、心も体もボロボロになる病気であり、その鎌状赤血球症の症状を良くする薬を開発されたそうである。

その折原氏は次のことを述べる。

「この病気の悲惨さは、激痛の発作だけではなく、社会的に遠ざけられてきたところに本質がある。」

病気や障害が、私たちにとって誰にでも起こりえる必要なものだということを各界の第一人者がわかりやすく解説する。

-----

本書の大きな柱となる、山元加津子さんと子どもたちの触れ合いは、どのエピソードも印象に残るが、その中から一つ雪絵さんとの心あらたまる交流をあげる。

《笹田雪絵:「かっこちゃん、きょうはどうしても聞いてほしいことがあるの。いまから言うことは、絶対にダメとか嫌とか言わないで」と何度も念押しするんですね。

「いいよ、何でも聞くよ」と言うと、雪絵ちゃんは私(山元加津子)にこう言ったんです。

「前にかっこちゃんは病気や障がいは大事だって言ったよね。人間はみんな違ってみんなが大事だということも科学的に証明されているとも言ったよね。それを世界中の人が当たり前に知っている世の中に、かっこちゃんがして」(※NHKスペシャル『驚異の小宇宙 人体3 遺伝子・DNA』で放映された中でのマラリアの話を以前に雪絵ちゃんにした。)

''世界中なんて、そんなこと私には無理''と言いかけた時、雪絵ちゃんに「何にも言わないで。何でも聞いてくれるって言ったよね」と言われて、私は「わかったよ」と約束したんです。》

 

そうだ、雪絵ちゃんとの約束を果たさなきゃ。この思いが私に再び立ち上がる力を与えてくれました。この約束が山元加津子さんの精力的な活動の原動力となる。

 

○雪絵さんの加津子さんあての手紙から

「MS(多発性硬化症)だから気づけた素敵なことがあるし、車椅子だからこそ知っている素敵なことがいっぱいあるよ。だからMSの私を丸ごと愛するの」

「実はこれまで負け惜しみをいっぱい言ってきた。病気でもこんなんに楽しいんだよ、とか。全然平気、とか。

でもね、本当なの。健康な人と同じくらい悩みごとがあって、みんなと同じくらい楽しいこともあるんだよ。」

雪絵さんは14歳のころに、脳や脊髄などの異変で運動麻痺や視力障害などを起こす多発性硬化症(MS)という難病を発症。19年の闘病後、平成15年12月に33歳で亡くなった。

 

○雪絵さんの詩

・「ありがとう」 笹田雪絵 

私決めていることがあるの。

この目が物をうつさなくなったら目に、そしてこの足が動かなくなったら、足に「ありがとう」って言おうって決めているの。

今までみえにくい目が一生懸命見よう、見ようとしてくれて、私を喜ばせてくれたんだもん。

いっぱいいろんな物素敵な物見せてくれた。

夜の道も暗いのにがんばってくれた。

足もそう。私のために信じられないほど歩いてくれた。

一緒にいっぱいいろんなところへ行った。

私を一日でも長く、喜ばせようとして、目も足もがんばってくれた。

なのに、見えなくなったり、歩けなくなったとき、「なんでよー」なんて言ってはあんまりだと思う。

今まで弱い弱い目、足がどれだけ私を強く強くしてくれたか。

だからちゃんと「ありがとう」って言うの。

大好きな目、足だからこんなに弱いけど、大好きだから「ありがとう。もういいよ。休もうね」って言ってあげるの。

多分誰よりもうーんと疲れていると思うので・・・。

 

でもちょっと意地悪な雪絵は、まだまだ元気な目と足に「もういいよ」とは絶対に言ってあげないの。

だって見たい物、行きたいところいっぱいあるんだもん。

今までのは、遠い遠い未来のお話でした。

(本書+「光彩~ひかり~の奇跡HP」より引用)

-----

※『1/4 の奇跡 (「強者」を救う「弱者」の話)』(マキノ出版、2010)

www.gurutto-iwaki.com