日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎娘の出産について(ひこ生えの記①)

※先月、小さいころ家族の一員としてなにかと面倒をみてもらってきた叔母(享年94歳)が亡くなった。ほどなく娘の出産があり、ひとが生まれてやがて死んでいくことについていろいろ思うことが続いている。

 

〇孫の誕生経過

・10月19日:昼頃に娘の陣痛が始まりKクリニック(神戸市)へ入院。

 母体の産もうとする生命力と胎児の生まれ出ようとする生命力に配慮した助産師の指導により、出産に至るまで、散歩したりスクワットを取り入れたりして、直前まで結構動いていたそうである。

・20日(土):午前8時過ぎ出産。女児で2820g。母子とも健やかな状態だったという。

 娘は、陣痛が始まってからの激痛と生まれたいのちへの喜びから、このようにして出産を体験した母親たちすべてに畏敬の念を抱いたという。喜びの出産は、男には決して味わうことのない、生きることへの貴重な体験だったのではないだろうか?

・23日:乳児に黄疸の症状が出て、周産期医療専門病院でもあるP病院に移動する。

・25日:黄疸の治療が落ち着き、午後から母子とも退院することになる。

午後7時過ぎに、夫・Hの母・K子さんが、産後のお手伝いにS市から来訪。

・30日:K子さんは実家に帰り、主に私の妻が家事支援に入り、産後2週間ほどたつ。

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 すぐ近くで暮らしている娘が妊娠してから胎児の世界、乳児の心などに関心を寄せていろいろな文献などを読んできて、実際に娘の体験に触れ、絶対依存にある赤ん坊といういのちを見ていると、私自身もこのように生まれて育ってきたのだなと感慨めくものがありおもしろさを覚えている。

 

 鈴木秀男著『幼時体験』によると、「(出産は)はじめ(母子)一体であったものが、二つに分けられる」-「人間の生涯で最大の生理的激変」であるという。

〈分娩で胎外に出された新生児は、外気に触れると同時に、肺による呼吸を始める。それまでの過程は、いわば人間の生涯で最大の生理的激変だといっていい。分娩が開始されると子宮の収縮によって、胎盤から胎児へ向かう血液の流れが断続的になる。それで、胎児の血液中の酸素が減って二酸化炭素が増え、血液が酸性に傾いて胎児が仮死状態に陥る。それが刺激になって第1呼吸が始める。新生児死亡の原因として、呼吸不全が第1位に挙げられている事実を考え合わせると、この最初の呼吸運動の調整は、新生児がまず乗りこえなければならない難関だということになる。〉(p79

 

※鈴木秀男著『幼時体験―母性と父性の役割―』( 北洋社1979)

 

 この著は、子どもの「心の世界」が、生まれからの生活体験をとおしてどのようにかたち作られるか、を探求した好著と思っている。

 はたして新生児に「心の世界」はあるのか、あると推察しているが、今この子はどのような心的状態にあるのだろうかと、興味は尽きない

 

 ※参照:新生児黄疸:新生児黄疸は新生児にみられる黄疸。

 胎生期の胎児は成人と比較して赤血球数が1.5〜2倍程度多い。これは胎盤での酸素交換が肺より効率が良くないため、胎児は成人と比較するとわずかながら酸素不足に陥る。これを補うため赤血球を増やし、必要な酸素量を確保している。新生児のことを「赤ちゃん」と呼ぶのは、赤血球数が多いため皮膚が赤く見えるためである。出生後、肺が使えるようになると赤血球過多となり、余分な赤血球は脾臓で破壊される。この破壊された赤血球中の赤い色素ヘモグロビンが、黄色い色素のビリルビンとなり、皮膚が黄色く見えるようになる。これが新生児黄疸である。新生児黄疸自体は生理的な現象ではあるが、時として血中ビリルビン濃度が過多となると大脳基底核などに沈着し悪影響を及ぼすことがある。(疫学:日本人では 98%の発生)「ウィキペディア」より。