○6月17日に77歳になった。
俗に喜寿とも言われている。その由来は、草書体や略字で「喜」(「㐂」)と書くと、漢数字の七を3つ重ねたような形に見えることが「喜寿」祝いの由来とされている。
同じ長寿祝いでも、中国古来から伝わった「還暦祝い」や「古希祝い」とは違い、喜寿祝いは日本発祥のお祝いだそうだ。
40歳頃は、「好々爺」と言われる人にも接してきて、あのようなお年寄りになったらいいなと思い、50歳を過ぎてから福祉活動する中で重い病状を抱えていても矍鑠(かくしゃく)としている方にも接してきて、超高齢化社会の中での目指す高齢者像を描いていたが、実際に喜寿になってみると、それ等の人とは程遠い自分を思う。
それと、このところ病状の悪化など自分でもビックリするほど気分が重い。
今後ますます病状は悪くなるので、この状態から何とか乗り越えることだと考えている。
どちらにしても、喜ばしいとまでは思えないが、よく今まで生き・生かされてきたなとも思う。
月並な言い方になるが、今やれることを精一杯やるだけだと思っている。
そして、どのような状況になっても、老化と難病を抱えた当事者として淡々と向き合っていこうと思っている。
その場合にあまり無理をしないで、心の豊かさを損なうことなく、出来る限り客観的にみることが大事な気がする。
一方、ものごとの捉え方・見方が変化し、様々なことを味わう深みがかわってくることも願っている。
今後どのように心の世界が変わってくるのか、じっくりと見ていこうと考えている。
それとFBで、わたしも年間会員になっている農場の園主の「☆奥能登・柿粗摘果お手伝いへ」の記事を読み、自分のことのように嬉しかった。
わたし自身はあまり動けないですが、知人・友人の旺盛な心あらたまる活動を読んで感謝する気持ちは持ち続けたいと思った。
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参照:2年前、要支援2に判定され各種リハビリを受けていたときに、75歳誕生日を迎えた。それから76歳、77歳と毎年誕生日の記録している。この2年で病状もかなり進んでいるように思う。それに伴って、心のもちようも微妙に変化しているようだ。
自分で読んでみて、いろいろ考えることもあり、参考までにあげておく。
◎76歳を迎えて(たまゆらの記㊳)
https://masahiko.hatenablog.com/entry/2023/06/17/000000
◎75歳を迎えて(たまゆらの記⑪)