日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

太平洋戦争や原爆に思うこと

○日々の記録から
8月には太平洋戦争や原爆関連の情報が多くなる。その月に限らず、それに関心を寄せてきた。
1947年生まれの私は、小さい頃、新宿や上野など街角で傷痍軍人による義援金?活動に接するたびに、異様な感を受け、遠くから見ていた。ニューギニアで衛生兵として参戦した父からは、その当時のことを、あまり聞いたこともない。
 成長してからは社会問題に関心をよせるようになり、三里塚闘争などにも加わり、また母が生まれ育った日本統治下の朝鮮問題を調べ、太平洋戦争についてもっと知っておきたいと思うようになった。
その延長で幸福社会を目指す特異な共同体に参画し、そこで25年余暮らし50歳代後半になってそこを離れ、その後は福祉活動に携われるようになった。
 

60歳を過ぎてから、90歳を超えた二人暮らしが厳しくなった義父母と暮らし、義母から朝鮮・元山からの引き揚げ体験の話、義父から朝鮮時代や参戦の話をよく聞くようになり、その頃の日本社会や戦後についていろいろな角度から考えるようになった。

 

また、戦後80年になり、先の戦争体験者が次々とお亡くなりになる現状からも、多少なりともその息吹を知る者として、繋げていく役割はあると思っている。

まず、最近の印象残る放送から二つ取り上げる。

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先月7月25日に、おとなのEテレタイムマシン「ETV2000 井上ひさし 原爆を語る」が再放映された。1994年8月放映の「ヒロシマ・ナガサキ」というテーマに正面から取り組んできた作家・劇作家の井上ひさしが21世紀に向けて原爆をどう伝えていくかを語る2夜連続のシリーズ。
父や友人を死なせて自分だけが生き残ってしまったという罪の意識に苦しむ若い被爆女性のもとに父の幻が現れ、広島弁であたたかな対話を交わす芝居「父と暮せば」は、井上ひさしが悩みつつ原爆をテーマにして書き上げた戯曲である。
残された被爆者の手記からその思いを汲み取り、具体的な言葉を拾い、芝居に作り上げていったと言う劇作家・井上ひさしが辿った思索の過程を、山根基世アナウンサーが聞く。
 
◆第1回は、井上ひさしが資料や手記から庶民の原爆体験をどう読み込んだかを語る。◆第2回は、井上ひさしが原爆をテーマに書き上げ、1999年以来、毎年夏に公演を続けている戯曲「父と暮せば」を素材に、彼自身が文学者として、一人の日本人としてどのように原爆を伝えていこうと考えているのかを語る。
 
8月2日には、ETV特集「ピカは人が落とさにゃ落ちてこん」を再放映。
1994年8月22日放送のETV特集。芥川賞作家・林京子さんと画家・丸木俊さんが、自分の被爆体験をいかにして作品に結実したかを語る。
 
原爆投下では、広島で約14万人、長崎で約7万人が死亡した。被爆者は今日に至るまで心理的トラウマやがんのリスクに悩まされている。
このような番組は見逃すこともあり度々取り上げて欲しいと思う。
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BBC・2025/06/27によると、トランプ氏はアメリカ軍がイランの核施設に行った攻撃をめぐり、25日「あの一撃で戦争は終わった」、「広島の例は使いたくないし、長崎の例も使いたくないが、本質的には同じだ」と記者団に話した。
 
米国では原爆投下が第2次大戦を終わらせたとして正当化する声が根強い。
当時の日本の軍部をはじめとする上層部の精神状況をみると、そのように思われても仕方のない一面はあるにしても、一国を代表する政治家であり、原爆を落とした国の大統領の発言としてはあってはならないと私は思う。