日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎「イベルメクチン」と「新型コロナウイルス」のこと

〇最近、新型コロナウイルス感染症の治療や予防に「イベルメクチン」の有効性が一部で話題になっている。懇意にしている友人も大層な期待を寄せている。

 その期待のかけ方がどうかなと思ったので、そこでいろいろ調べてみた。

 

 イベルメクチンについては2015年ノーベル医学・生理学賞を受賞した、大村智博士の「線虫感染症の新しい治療法の発見」などから生まれたもので、大村智記念学術館のHPなどで調べた。

 

《▼大村智博士とノーベル賞受賞「抗寄生虫薬の発見」

 大村智博士は1974年、静岡県伊東市川奈の土壌から新種の放線菌を分離した。そして米国メルク社との共同研究において、マウスに寄生する線虫の駆除活性を有する新規物質エバーメクチンを生産することを見出した。

 1979年、放線菌の新種をStreptomyces avermitilisとして命名するとともに、抗寄生虫物質をエバーメクチン(Avermectin)と命名して発表した。

 その後、エバーメクチンのジヒドロ誘導体であるイベルメクチン(Ivermectin)を開発。これをもとにしたヒト用製剤メクチザン(Mectizan)は、WHO等によるアフリカや中南米における熱帯病撲滅プログラムの中で、1987年からオンコセルカ症やリンパ系フィラリア症の特効薬として無償提供され、毎年約4億人もが服用している。これにより既に中南米ではオンコセルカ症が撲滅されている。

 イベルメクチンはまた、動物の駆虫薬としても今日まで世界で最も多く使われ、食糧増産等に多大な貢献をしている。

 大村智博士は、エバーメクチンの他にもこれまで約500種類を超える新規天然生理活性物質を発見している。これらの中には、抗癌の先駆物質として、また研究用試薬として生命現象の解明に多大な寄与をしているスタウロスポリン(Staurosporine)やラクタシスチン(Lactacystin)などがある。

 2015年、大村智博士は「線虫感染症の新しい治療法の発見」によりノーベル医学・生理学賞を受賞した。(大村智記念学術館より)》

 

※ノーベル賞受賞講演については、大村智『自然が答えを持っている』潮出版社、2016)のはじめに紹介されていて、その経緯が語られている。

       

 なお、『致知』2020年12月号 特集「苦難にまさる教師なし」に大村氏へのインタビューの記事がある。これは新型コロナウイルスに対してのイベルメクチンの可能性に言及したもので、大村氏の今の時点(2020年末)での思いが述べられている。

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 イベルメクチンと新型コロナウイルスについて読売新聞オンラインでヨミドクターの岩田健太郎氏は次のように語っている。

 

▼Dr.イワケンの「感染症のリアル」【「国産」びいきはないのか イベルメクチンと新型コロナ 科学的データに基づく議論を】(読売新聞オンライン2021年1月28日)(一部抜粋)

 https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20210127-OYTET50014/

 

《「大村智先生がノーベル生理学・医学賞を受賞 糞線虫や疥癬の特効薬」

 理由はよく分からないのですが、少し前からイベルメクチンの話題をよく目にするようになりました。新型コロナウイルス感染症の治療や予防に「イベルメクチンがいいよー」と言ってくる人をよく目にするようになったのです。

 

 イベルメクチンは、もともと寄生虫の治療薬として開発された薬です。この原型となるエバーメクチンを大村智先生が開発され、そしてその成果によりノーベル生理学・医学賞を受賞されたので(2015年)、とても有名になりました。

 

 イベルメクチンは超偉大な薬です。その成果を最初に実感したのは1997年、ぼくが沖縄で研修医になったときです。沖縄にはHTLV-1というウイルス感染が流行していて、このウイルスは白血病とかリンパ腫といった血液の病気を起こします。で、この感染を持っている患者さんは、糞線虫(ふんせんちゅう)という寄生虫の重症感染を起こしやすい。この最大の治療薬がイベルメクチンなのです。糞線虫の重症感染は本当に怖い病気で、ぼくらも随分肝を冷やしたものです。イベルメクチン様々でした。

(中略)

「世界中で50以上の臨床試験 「推奨」にはまだ至らず」

 さて、昨年から新型コロナウイルス感染症が日本で(そして世界中で)大問題となる中で、たくさんの治療薬が「コロナに使えるんじゃね?」ということで臨床試験の候補に挙がってきました。Global Coronavirus COVID-19 Clinical Trial Trackerによると、2509の臨床試験が計画、遂行されています(2021年1月26日時点) 

 

 で、イベルメクチンについても51の臨床試験が走っています。すでに終了した試験も多々ありますが、研究の質や規模、その結果を受けても、まだイベルメクチンは新型コロナウイルス感染症の治療や予防に使うべきだ、という推奨には至っていません。日本でもコロナには承認がありません。

 

「重症患者への効果の可能性を示す試験結果も」

 もちろん、新型コロナの効果的な治療薬が見つかるのは良いことに決まっています。なので、現段階で治療効果がはっきりしていなくても、全否定せずに可能性は追求し続けるべきです。「使うべきではない」という決定的なデータが出ない限り。新しいデータは常に吟味の対象になりますし、良いデータならば採用するのが専門家の努めです。

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  というわけで、まだ決着がついていないイベルメクチンですが、気になるのは「国産だから」的なイベルメクチンのえこひいきです。同様のことはやはり日本で開発されたファビピラビル(商品名アビガン)についても言えます。ネットかいわいでは「イベルメクチンやアビガンを予防的に飲むべきだ。日本政府はすぐに薬事承認しろ」みたいな乱暴な意見を目にしますが、こうした薬が医療現場で使えるかどうかを決めるのは科学的データだけです。国産かどうかは関係ないのです(ワクチンも同様です)。

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  岩田氏と同様の趣旨は、何人かの研究者が提示している。また賛否両論話題になっている。

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 今時点(2021/03/27)のわたしは、岩田氏などの見解に共感する。

 イベルメクチンはある種の症状にとって大層有効な薬だと思うが、新型コロナウイルスに対しては、有効かもしれないし、効かないかもしれないと思っている。

 

 現代医療の薬などの処方は、副作用にも充分に検証する必要があり、現代医療の基本であるEBM(科学的根拠に基づく医療)での、質の高い臨床試験の結果が出てから使用するか判断するべきと思う。

 

 むろん、新しいアイデアには心を開いておくこととともに、古いか新しいかによらず、どんなアイデアも懐疑的に厳しく吟味することが必要と考えている。

 

 このような時、どのような情報を信頼するのか、メディアリテラシー(メディアから得た情報を見極める能力)が問われてくる。

 

 メディアリテラシーについて、内田樹は次のことを述べている。

《いま肝に銘ずべきことは、「私たちひとりひとりがメディアリテラシーを高めてゆかないと、この世界はいずれ致命的な仕方で損なわれるリスクがある」ということである。

 そのことをもっと恐れたほうがいい。

 

 メディアリテラシーというのは、勘違いしている人が多いが、流れてくる情報のいちいちについてその真偽を判定できるだけの知識を備えていることではない。そんなことは誰にも不可能である。自分の専門以外のほとんどすべてのことについては、私たちはその真偽を判定できるほどの知識を持っていないからである。

 

 私たちに求められているのは「自分の知らないことについてその真偽を判定できる能力」なのである。

 そんなことできるはずがないと思う人がいるかもしれない。けれども、私たちはふだん無意識的にその能力を行使している。

 

 知らないことについて、脳は真偽を判定できない。けれども、私たちの身体はそれが「深く骨身にしみてくることば」であるか「表層を滑ってゆくことば」であるかを自然に聞きわけている。》

(内田樹の研究室「メディアリテラシーについて」2019-02-22 )

 

 ある文章を読んでいて、その文脈や文体から「深く骨身にしみてくることば」に反応するわたしがいる。