日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎書評:守下尚暉『レミアの翼』Kindle版。

〇守下尚暉『レミアの翼』Kindle版(パブフル、2017)を読む。
 守下尚暉『根無し草』を読み、表現力が巧みで、物語としても読み応えがあり、続けて他作品も読んでいます。
 まず、守下著『レミアの翼』を読みました。学園生活の合間に十四歳から十九歳に書いた初めての物語らしいです。

 

「あとがき」に〈今の私がレミアの翼を読むと、誰もが『親愛の情』を心に秘めているという青臭い幸福観や、当時の私の稚拙な価値観が大きく反映されていて、正直恥ずかしくもありますが、当時の等身大の私の幼さや愚かさも尊重して、若干の推敲は施したものの、出来るだけ当時の雰囲気のままに書き起こしてみました。〉とあります。

 確かに展開が単純で、登場人物の描写も奥行きがあまりなく、この社会でよく使われる表現がでてきて、こそばゆい感じがありますが、厳しい学園生活の合間に書いていたとのことで、当時そこの事情を知る私から見て、たいしたもんだなと思っています。

 

 本書の案内文、〈利他的行動が巡り巡って自分に還ってくる、児童文学的なショートストーリー。大気と水と光と土。それらが揃ってさえいれば、森の木々は正常に育つはずである。しかし、なぜか地上の緑は、少しずつ失われつつあった。それを不思議に思ったレミアは、ラムダ老にその疑問をぶつけてみる。すると老から、驚くべき話を聞かされた。地上には『人間』という種族が生息し、大自然の営みを蝕んでいると言うのだ。『人間』に興味を持ったレミアは、老から三日間の時間を与えられ、地上の世界に舞い降りた。他を想う心で成り立つ世界を描いた、児童文学的な短編ファンタジー小説。〉

 

 天界に住む15歳程度の少女・レミヤに亜人種エルフ族の8歳程度の少年・ランカートが絡む、「親愛の情」をキーワードとする三日間にわたる冒険譚。

「幸福とは、自分以外の誰かのことを想って行動し、そして誰かからも自分のことを大切に想って貰うこと。 すごく簡単なことの筈なのに、なぜ人間たちは幸福に生きることが出来ないのでしょうか?」、「他者を想うことで成り立つ幸福の形」などの言葉がでてくる。
 また全てお金が絡む人間界の不思議さが描かれていて、そこで育った村の影響も感じられます。

 

 強烈な破壊があるような場面が続くが、残虐な描写もなく、死者が出てこない(描かれない)。

 最後は「他の悲しみを自分の悲しみと思い、自分の喜びは他の喜びとなる」というような心境に、王も盗賊も騎士もなるハッピーエンドとなるが、自然な流れのように感じました。

 

「人間らしさとは?」「幸福とは何か?」というテーマもあり、単純な物語展開ですが適度なファンタジー性もあり、多感な中高生ぐらいの年代にも喜んでもらえそうな物語であり、現72歳の私にとっても、面白かったです。

 

「あとがき」に著者の気概がよみとれます。
〈その現実を思い知った今の私でも、それでも自分の子供には、「人は必ず心を通わせることが出来る」「この世界は捨てたもんじゃない」と言い聞かせたいものです。
 ストーリーの骨組みは『情けは人のためならず』ということわざを分かりやすく物語にしてみよう、というコンセプトで作られ、利他的行動が、最終的には自分に還ってくるという、児童文学的な内容になっています。かって、子供向けの物語と言えば、本や漫画、アニメなど媒体に限らず、このような『教訓』的な内容が盛り込まれた作品が多かった気がしますが、近年では娯楽的要素を追求するあまり、こういった作品はほぼ死滅してしまったように思います。しかし私は、物語を書くからには、実際に自分の子供にも読んで欲しいと思えるような作品を残したいと、常日頃から考えています。
 世間の荒波に揉まれて、すっかり擦れてしまった今の私でも、レミアの翼を読むと、執筆当時の十四歳の私が目の前に現れて、童心に還るような気がします。読んで下さった全ての人が、みな同じような気持ちになれるとまでは云えないでしょうが、少しでもその一端に触れて貰えれば幸いです。〉

 

 著者のことを知り始めてキンドル版をネットで読み始めましたが、これはこれで手軽で便利です。このようなファンタジー作品はよく知らないですが、『根無し草』とともに、著者の作家活動としての大事な作品になるような気もします。

 今「カドルステイト物語」Kindle版を続けて読んでいますが、これは登場人物の個性が良く描かれ、物語描写も巧みで、次にはどんな展開になるのかわくわくするものがあり、面白いです。
 今後の活躍が楽しみですね。

2020-06-16記