日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎認知症とそれを支える家族のことなど

〇 年頭に、友人が認知の衰えが激しくなり施設に入所したとの連絡を奥さんから伺った。

 一昨年あたりから、排せつなどの調節がままならなくなり、家族にかなりの負担がかかっていて心配していたが、順番待ちの施設に入所できたそうである。

 介護関連の活動をしていた頃、そのような機会はたびたび経験していたが、いろいろな話を交わしていた知的な友人のことなので、さまざまのことを思った。

 一方「昨年は自分たちの世界で必死でした、山あり谷あり元気でやっています」との奥さん特有の明るい様子にほっとするものも感じた。

 

 そのような仕事に携わってきたこと、亡くなった義母の介護などの体験を踏まえて「認知症」とそれを支える家族について思うことを述べてみる。

 

 認知症といっても一人ひとり状態はさまざまである。総じて多くの人は、症状がどうであれ、住み慣れたわが家で暮らし続けたいと思うのはある意味当然であるような気がする。

 認知症が急激に進行する病気にかかった患者さんを在宅でみさせてもらうという意欲的な在宅医者、医院もある。

 だが、排せつ処理がままならなくなり、その状態が高じて、垂れ流しや弄便などが絡むと現実問題として家族では手に負えなくなる。

また、「前頭側頭型認知症(ピック病)」により、自覚なしに万引きするなど反社会的な行動を取りやすくなっている場合もあり、頻繁な徘徊などいろいろな状況で家族だけで支えていける限界もあり、専門的な施設でみてもらう方がよい場合もある。

だが、要望に応えていける施設も少なく、順番待ちのことが多い現状でもあるが。

 一方、当本人は認知が衰えても感情やいろいろ思う力はあり、しかも身体がある程度動けると、何とか家で暮らしたいと思っている人も少なくない。しかも、自分のことで精一杯で、家族の負担などに思い及ばないこともある。

 

 日本の現状をみると、親の介護など家族で見るのが当たり前という思いが根強くある。2000年4月から、介護保険制度を設け、これまで主に家族が担ってきた寝たきりや認知症などで介護が必要な高齢者について、社会保険の仕組みによって社会全体で支える制度であるが、18年たった今でも、老々介護をはじめ、家族で悩みや困難を抱えているケースも多い。

 市町村に各種相談窓口もあり、意欲的な専門家、医者や施設もあり、インターネットに参考になる情報もある。いずれにしても家族だけで抱えないようにしたい。

 

 福祉活動の中で、自死遺族には自死遺族。アルコール依存症の人を抱えた家族には、同様の苦しみを抱えている家族、引きこもりの子どもを持った親には、同じような困難を抱えている親などなど、一緒に支援グループを作っていることが多い。仔細に見ていけば一人ひとりは違っていても、共感して話を聞いたり、安心してともに考えたりできるのだろう。

 さまざまな当事者の体験談をデーターにする取り組みをしている組織がある。情報が増えればいいというものでもないが、参考になることもあるのではないだろうか。

 

※参照:インターネットで「ディペックス・ジャパンの活動」が紹介されている。

 これは、英国DIPExをモデルとしつつ、日本独自の「健康と病いの語り」データベースの構築を推進し、多くの方に活用していただくことを目指しているものだ。

〈【今までの語りデータベース公開履歴】

2009年12月 「乳がんの語り」データベース

2010年6月 「前立腺がんの語り」データベース

2013年7月 「認知症本人と家族介護者の語り」データベース

2014年11月 「大腸がん検診の語り」データベース

2016年11月 「臨床試験・治験の語り」データベース

2018年7月 「慢性の痛みの語り」データベース

 また、2017年度より「クローン病の語り」、2018年度より「障害学生の語り」のデータベースの作成にも取り組んでいます。〉とある。

 

「認知症本人と家族介護者の語り」データベースでは、『認知症の語り』の項目で「認知症の進行と家族の役割」「認知症本人の家族への思い」「本人からのメッセージ」「施設入所を決める」など体験者の語りが掲載されている。

https://www.dipex-j.org/about/