日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎映画「種をまく人」を観る

〇友人の紹介で大阪アジアン映画祭、映画「種をまく人」を観る。 

「種をまく人」は 監督・脚本・編集:竹内洋介、撮影監督・主演:岸建太朗で、この映画祭が日本での初上映となる。

 

▼第57回テッサロニキ国際映画祭にて、最優秀監督賞と最優秀主演女優賞を受賞した本作は、3年ぶりに病院から戻った光雄(おそらく東日本大震災の状況からくる精神疾患から精神病院に入院していた)は、その足で弟・裕太の家を訪れる。光雄との再会を喜ぶ姪の知恵(10歳)とその妹でダウン症の一希に迎えられ、彼はつかの間の幸せを噛みしめる。光雄は知恵にせがまれ、被災地で見たひまわりについて語る。知恵はその景色を思い浮かべながら、太陽に向かって咲くひまわりと、時折空を見上げている一希の愛らしい姿を重ね合わせるのだった。翌日、光雄は知恵と一希を遊園地に連れて行くことになるが、そこで誰も予想だにしなかった不幸が訪れる…。

 失われる小さな命と、少女の嘘が招いた家族の崩壊を鮮烈に描きながらも、そこから再生しようと懸命に生きる人々の姿を丹念に描く竹内洋介監督の演出手腕に引き込まれる秀作。

 

 知恵は遊園地で妹を抱いて連れだしていた時に、妹を落として死なせたことに茫然自失になり、光雄が落としたと嘘を言ってしまう。光雄は、それを丸ごと引き受け、周りのさまざまな、疑い・非難の眼の中で、一希を弔うべく、ひまわりの種をひたすら植え続ける。光雄を演じている岸は、この作品でロサンゼルス・アジアンパシフィック映画祭の最優秀主演男優賞を受賞。

 一方知恵は、妹一希を死なせたことによるどうしようもない虚脱に加えて、嘘をついたことで光雄が窮地に陥ること、それによって家族が崩壊していく様子に、幾重にもわたる苦悩にさいなまれる。

 説明的なことば、セリフを極度に制限しながら、ひたすら知恵(竹中涼乃)と光雄(岸建太朗)の姿・表情で描くことや、道沿いに咲くヒマワリの花、ひまわりの種を植え続ける光雄の仕種を追っていく。

 どこまでも映像を通して語り続ける作品が心に響いてくる。

 

 一緒に見ていた妻によると、10歳頃の少女の気持ちが、自分にも心当たりがあり身に迫ってきたそうだ。

 

▼監督・竹内洋介のコメントから

・「ゴッホの絵画を見て以来、彼が残した手紙や絵画をもとに映画を作りたいという思いがありました。そして、東日本大震災のときに荒廃した地で見た一輪のひまわりと、その半年後に産まれたダウン症の姪との関わりが、この映画を作るきっかけとなりました。本作の登場人物の感情に寄り添い、何かを感じ、考えるきっかけを持っていただけたらうれしく思います」(第57回テッサロニキ国際映画祭上映前の舞台挨拶から)

 

・「ダウン症という障害を持って誕生した姪は、同じ年代の子供たちと比べると成長のスピードがゆっくりです。しかし彼女なりのペースで感情の表し方を覚え、コミュニケーションの取り方を身につけ成長しています。 そして何よりも彼女の屈託のない笑顔はまるで天使のようで、本当に周囲を明るく照らすのです。

 彼女の無垢な心、その笑顔に触れるたび、障害とは何か、個性とは何かを考えさせられます。 映画「種をまく人」を通して、障害と個性、それらを受け入れる社会や人のあり方について今一度考えたい という欲求と、そして何よりダウン症の姪の笑顔をこの映画に残し、より多くの人に見てもらいたいという 想いがこの映画を作らせました。」(監督・竹内洋介の言葉から)

 

・「この映画のもとになったゴッホという画家は生きている間は認められることがありませんでした。しかし死後、残された家族の力によって光を当てられ、現在私たちに多くのものを残してくれています。

 私は今回偶然、このような形で光を当てられることになりましたが、世の中には光を当てられずに、影の中で生き続けている人たちがたくさんいます。そういった人たちがいるからこそ、ここにこうして自分がいる。そのことを忘れずに、私はこれから映画を作り続けていきたいと思います。」

 

・東日本大震災との関わりを問う質問を受け、竹内監督は「遺体撤去などをして心が病んで、病院に入ってしまった方がいるという話を聞いていた」と。さらに「心が病んだりしたとしても、時間とかいろいろ何かが変えてくれると信じて、この映画を作った」と語った。

 観客の中には宮城県出身の方も。主人公・光雄が入院するに至った経緯を最初から感じとっていたと話し、映画に登場する首を傾けたひまわりが印象に残っていると感想を述べた。竹内監督は「ひまわりは自分たちスタッフが種を植えて生えたものしか使っていない」と明かし、種をまくことは「一言で言うと、祈りみたいなものだと思う」と答えた。(大阪アジアン映画祭日本での初上映後の挨拶から)

 

▼・「大勢の群衆が集まり、方々の町から人々がそばに来たので、イエスはたとえを用いてお話しになった。

「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。また、ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」((ルカによる福音書8章4節から8節から)

 

・「我々の足が続く限り人生を歩き続けよう。足が疲れても、どんなに苦難が大きくても、世の中の騒音で耳がぶんぶんいっても、人生を進み続けよう」(「ゴッホの手紙」より)

※映画『種をまく人』公式サイト https://www.sowermovie.com/