日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎日々彦「詩句ノート」、『石原吉郎句集』と短歌集『北鎌倉』

〇『石原吉郎句集』と短歌集『北鎌倉』

 石原吉郎(1915-1977)は、1945年ソビエト軍に抑留、25年の「重労働刑」を宣告されシベリアの強制収容所で服役。1953年スターリン死去に伴う「特赦」により帰還、その後、本格的に詩を書き始め、その分野で注目されるようになり、1970年前後・55歳頃になって、シベリア体験から得た思想を書き継いで『望郷と海』などのエッセイ集を刊行する。 

  • 『石原吉郎句集』

 『石原吉郎句集――附句評論6』は、1974年2月に深夜叢書社から発行されており、「俳句155句」「自句自解」「他人の俳句から」「定型についての覚書」「賭けと poesie」「俳句と〈ものがたり〉について」「あとがき」によって構成されている。

 

・その少女坐れば髪が胡桃の香

・リスボンはいかなる町ぞ霧の燭

・無花果や使徒が旅立つひとりづつ

・懐手蹼(ミズカキ) そこにあるごとく

・懐手蹼(ミズカキ)ありといつてみよ(改作) ※

 

・縊死者へ撓む子午線 南風(ハエ)のair pocket

・百一人目の加入者受取る拳銃(コルト)と夏

・林檎の切口かがやき彼はかならず死ぬ

・緯度ひとしき政変ヨットかたむき去る

・独立記念日火夫より不意に火が匂ふ

 

・「犬ワハダシダ」もはや嘘をつくまでもない

・柿の木の下へ正午を射ちおとす

・夕焼けの壁画を食らふ馬ばかり

・告発や口笛霧へ射ちこまる

・薔薇売る自由血を売る自由肩の肉(シシ)

 

・ジャムのごと背に夕焼けをなすらるる

・夕焼けが棲む髭夜が来て棲む髭

・立冬や徹底的に塔立たず

・ハーモニカ二十六穴雁帰る

・けさ開く芥子あり確(シカ)と見て通る

 

・無花果や使徒が旅立つひとりづつ

・いちご食ふ天使も耳を食ふ悪魔も

・われおもふゆゑ十字架と葱坊主

・打ちあげて華麗なるものの降(クダ)りつぐ

・死者ねむる眠らば繚乱たる真下

・墓碑ひとつひとつの影もあざむかず

 

  • 短歌集『北鎌倉』

 短歌集『北鎌倉13』は、1978年に花神社から発行された。石原の死の直前に編集され校定されたが、死後〝石原吉郎遺稿歌集〟として出版された。全体は、「病中詠」「鍔鳴り」「 飲食」「切出し」「創傷」「塩」「北鎌倉」「発念抄」「すべては遠し」「生き霊」の部立てのもとに全部で99首が集録されている。

 

・今生の水面を垂りて相逢はず藤は他界を逆向きて立つ

・蹼の膜を啖(くら)ひてたじろがぬまなこの奥の狂気しも見よ

・「我れ渇く」無花果の成るもと飢ゑたりし〈彼〉

・男の子しもロトのごとくにふり向きて塩の柱となることありや

・「この病ひ死には到らず」発念の道なす途の道の 行く果て

・鎌倉は鎌倉ならじ鎌倉の北の剛毅のいたみともせむ

・飢ゑしも餓死には到る過程ならず われらはときに飢ゑにより樹つ

・北鎌倉橋ある川に橋ありて橋あれば橋 橋 なくば川

・塩のごと思想を口に含みてしをとこはいづれ 去りて還らず

・夕暮れの暮れの絶え間をひとしきり 夕べは朝を耐えかねてみよ

 

※参照:柴崎 聰「石原吉郎の俳句と短歌 」(日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.8,)

 

〇2019年四季折々(3月18日~24日)

(18日)・統計的、計量的発想から離れて

 最近あることから計量的発想について考えている。 私(たち)のものの見方に、統計的、計量的な発想から現象を一般化して分析したり判断しがちになる傾向がある。様々なものごとを見ていくとき、その一つひとつ、一人ひとりの多様な思い方、暮らしに向き合わずに、無機質な統計数字、計量的数字で見てしまいがちになることが多い。

 震災の規模、事件における死者、被害者の数、集団構成員の数、会社利益や収入の多寡、視聴率や人気投票等々、それによって一喜一憂、大小、軽重、ニュースの取りあげ方が左右される。 

 数字は内面化の困難な記号にすぎないものであり、一人ひとりの思いが員数に集約され数値化される数によってある方向性へと決まっていくことに抵抗感がある。統計数字はどこまでもある傾向であり、一つの目安となる場合もあるが、その意味するところの実態とはかなりずれたものであるとの認識が必要ではないだろうか。

(今日の一句)・社会とは個々のあつまり春の星

 

(19日)・墓碑ひとつひとつの影もあざむかず(石原吉郎)

 石原吉郎『望郷の海』は「確認されない死のなかでー強制収容所における一人の死」とのエッセイから始まる。 〈ジェノサイド(大量殺戮)という言葉は、私にはついに理解できない言葉である。ただ、この言葉のおそろしさだけは実感できる。ジェノサイドのおそろしさは、一時に大量の人間が殺戮されることにあるのではない。そのなかに、ひとりひとりの死がないということが、私にはおそろしいのだ。人間が被害においてついに自立できず、ただ集団であるにすぎないときは、その死においても自立することなく、集団のままであるだろう。死においてただ数であるとき、それは絶望そのものである。人は死において、ひとりひとりその名を呼ばれなければならないものなのだ。〉

「生においても、死においても、ついに単独であること。それが一切の発想の基点である。」

 そのような一人ひとりによって社会、共同体、集団など形態はどうであれ成り立っているのであり、その観点を心において、個々の私的体験とその背景をみていきたいと思っている。

(今日の一句)・陽炎や一人ひとりにつきまとふ

 

(20日)・桑田佳祐、大衆音楽史を語る

『桑田佳祐 大衆音楽史「ひとり紅白歌合戦」〜昭和・平成、そして新たな時代へ〜』をみる。番組は、桑田が「ひとり紅白」の活動を通じて再発見した歌謡曲の魅力や先達たちへの思い、そしてその系譜に連なる「サザンオールスターズ」の知られざるエピソード、さらに桑田自身の新時代に向けた抱負までをも語ったスペシャルインタビューを収録。このインタビューを軸に、「ひとり紅白歌合戦」のえりすぐりの映像とともに、その世界をたっぷりお届けする内容。

 聞いていていいなと思っていた歌を、実際に歌ってみて、その世界がより迫ってくる醍醐味がたまらないというような発言が印象に残った。

(今日の一句)・心から歌いたくなる春野かな

 

(21日)・NHK『人間ってナンだ?超AI入門』第11回「老いる」をみる。

 誰しも避けられない老い。介護の現場には言葉にならない訴えを表情や動作から読み取るケアの達人がいるがその技術の伝承は難しい。その時AIはどんな助けをしてくれるのか? AIが支える人の老い、その未来は? 身体性を失い動物という存在から遊離していくかに見える人間はどう老いと向き合う? などを考える内容。

 適切に対応するようにプログラムを組むAIに対し、間違ったり戸惑ったりしながら熟達していくのが人間であり、むしろそこに面白さがあるのではないかななどと思った。

(今日の一句)・失敗は成功のもと山笑う

 

(22日)・イチロー選手引退に思うこと

 一昨年から身近な人の死去の連絡が続き、自分自身のことを考えても、今を精一杯生きることの連続だなと思っている。精一杯の中身が肝心であるが。

 イチロー選手に思うことは、「過去も未来も、いまここにしかない」と現在自分のやれることを精一杯生き切り、その積み重ねが明日につながるとのスタンスに魅力を覚える。その区切りとして、プロの現役野球選手としては引退することを決めたということだろう。これからどのような人生を歩むのか、楽しみにしている。

(今日の一句)・春の川過去も未来も今ここに

 

(23日)・「後から思うとすごい無駄だったってことはすごく大事なコト」(イチロー)

 イチロー選手のその都度の話しの内容に関心があり、自分にも引き付けて考えてきた。この機会に再度読み返しした。その中の次の言葉に印象が残った。

〈失敗をしないでたどり着いた人と全くミスなしで間違いなしでそこにたどり着いたとしても、まあつけないですけど。 そこにたどり着いたとしても深みは出ないですよ.

単純に野球選手としての作品がいいものになる可能性は、可能性ですよ。僕は無いと思います。

 やっぱり遠回りってすごく大事。僕の中で、無駄なことって結局無駄じゃない。でも今やっていることが無駄だって思ってやっているわけでは無いですよ。無駄に僕は飛びついているワケでは無いですよ。 後から思うとすごい無駄だったってことはすごく大事なコト。 合理的な考え方ってすごく嫌い。遠回りすることが1番近道だと信じてやっています。〉

 失敗や無駄だと分かったとき、そこから学びほぐして、まちがいからエネルギーを得て次に生かしていく。それがどのような今につながっていくのかを見ていきたい。自分のことも他者のことも。

(今日の一句)・春の泥遠回りする嬉しさよ

 

(24日)・息子が個人事業を立ち上げる。

 精密機械加工の事業所で、コンピューターのプログラミングを駆使してさまざまな製品をつくる仕事。精密加工のものづくりの世界に関心が高く数年前からその関連の会社につとめ、ある程度個人的にやっていくだけのめどがつき、41歳になるこの2月にオープンした。私たち夫婦は昨年何度か新事業所の内装や美化清掃を一緒にして準備を重ね、この度の開所祝いを兼ねての訪問となり、度重なる苦労を知るだけに感慨深いものとなる。

(今日の一句)・ものづくりのプログラミングのどけしや