日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎日々彦「詩句ノート」、正岡子規の俳句、短歌、随筆『病牀六尺』など

〇正岡子規の俳句、短歌、随筆『病牀六尺』

 正岡子規(1867年―1902年)。1897年(明治30年)に俳句雑誌『ホトトギス』を創刊。子規31歳の1899年夏頃以後は脊椎カリエスからほとんど病床を離れえぬほどの重症となり、数度の手術も受けたが病状は好転せず、やがて臀部や背中に穴があき膿が流れ出るようになる。苦痛を麻痺剤で和らげながら、俳句・短歌・随筆を書き続け、母や妹の介護を受けながら後進の指導をし続け、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした。こうした地獄のような苦しみに耐えかねて、一度、自殺を企てたことがある。このような中で、日々の雑観を随筆『病牀六尺』に書き続けた。その年の9月に亡くなる。享年34歳

 

「俳句」

・妹が頬ほのかに赤し桃の宴

・毎年よ彼岸の入に寒いのは

・行く人の霞になつてしまひけり

・うつむいて何を思案の百合の花

・牡丹画いて絵の具は皿に残りけり

・六月を綺麗な風の吹くことよ

・夏羽織われをはなれて飛ばんとす

・柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

・赤とんぼ筑波に雲もなかりけり

・秋晴て故人の来る夕哉

・長き夜や千年の後を考へる

・松山や秋より高き天主閣

・柿くふも今年ばかりと思ひけり

・行く我にとゞまる汝に秋二つ

・鶏頭の十四五本もありぬべし

・蒲団から首出せば年の明けて居る」

・いくたびも雪の深さを尋ねけり」

「絶筆三句」

 明治35年9月19日、7年に及ぶ病魔との闘いを終えてこの世を去る。死の半日ほど前、紙を貼りつけた画板を妹の律に用意させ、そこへしたためた辞世の句。

・糸瓜咲て痰のつまりし佛かな

・痰一斗糸瓜の水も間に合はず

・をとゝひのへちまの水も取らざりき

 

「短歌」

・人も来ず春行く庭の水の上にこぼれてたまる山吹の花

・くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる

・松の葉の葉毎に結ぶ白露の置きてはこぼれこぼれては置く

・いちはつの花咲きいでて我目には今年ばかりの春行かんとす

・瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり

・足たたば不尽の高嶺のいただきをいかづちなして踏み鳴らさましを

・足たたば黄河の水をから渉り崋山の蓮の花剪らましを

・足たたば北インヂヤのヒマラヤのエヴェレストなる雪くはましを

・ひさかたのアメリカ人のはしめにしベースボールは見れとあかぬも

・國人ととつ國人とうちきそうベースボールを見ればゆゆしし

・若人のすなる遊びはさはるあれどベースボールに如く者あらじ

・球と球をうつ木を手握りてシャツ着し見ればその時思ほぬ

・九つの人九つのあらそいるベースボールの今日も暮れけり

・いまやかの三つの塁に人満ちてそぞろに胸のうちさわぐなり

・ベースボールうちはつす球キャッチャーの手にありてベースを人のゆきかてにする

・うちあぐるボールは高く雲に入りて又落ち来る人の手の中に

 

(随筆『病牀六尺』より)

 一「病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。僅わずかに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団ふとんの外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚はなはだしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤まひざい、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪むさぼる果敢はかなさ、それでも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限つて居れど、それさへ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪しゃくにさはる事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるやうな事がないでもない。年が年中、しかも六年の間世間も知らずに寐て居た病人の感じは先づこんなものですと前置きして(五月五日)

 

 二十一「余は今まで禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた。」(六月二日)

七十五「 病気の境涯に処しては、病気を楽しむといふことにならなければ生きて居ても何の 面白味もない」 (七月二六日) 

 

〇2019年四季折々(3月4日~10日)

(4日)・NHKスペシャル「“黒い津波”知られざる実像」をみる。

〈東日本大震災は、膨大な津波の映像が克明に記録された、初めての大災害だった。陸地に到達した当初は透明だった津波が、そのわずか5分後には真っ黒な色に変わっていた。“黒い波”はどのように生まれたのか? 当時のまま保管されている黒い海水を専門家が分析したところ、純粋な海水のみだった場合に比べ、黒くなったことで津波は強い破壊力を持ち、人々の命を奪っていった実態が明らかになった。黒い波は、より多くの建物を破壊し、がれきを巻き込み、このがれきがさらなる大量破壊の連鎖をもたらしていた。また、亡くなった人たちの「死因」について、これまでは9割が溺死とされてきたが、法医学者などは、土砂による窒息やがれきによる圧迫死など、複合的な原因もあったのではないかとみている。〉

 海が廃棄物、不溶性の有機物などによるヘドロ化しており、それらを巻き込んだ“黒い津波”となって襲ってきた。津波という自然災害に文明によるものが重なった災害だろう。

 (今日の一句)・春怒涛黒い津波の文明災

 

(5日)・「いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。」

 1934(昭和9)年、寺田寅彦『天災と国防』で次のようにいう。〈文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻おりを破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊ほうかいさせて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。〉

 少し飛躍するが、文明発展や経済成長は、便利さとひきかえに不自然な日常をおくっていることになるかもしれない。

 (今日の一句)・春星や過去を未来へ語り継ぐ

 

(6日)・「心のケアを担うこころとは」

 震災と原発事故から8年たつが復興とはほど遠い現実が次々と明らかになっている。原発事故のあった福島県では震災関連死が年々増えているという。少なからずの人が、この先まったく希望がもてなくて、悶々としている人もいる。

 知人から次の連絡を受けた。「現在まで約8 年間、 心のケアをおこなう人として被災地支援を継続してきました。『心のケアは大事であるが、何が心のケアなのか』そんな疑問を抱えながら活動を続けています。」

 (今日の一句)・わが内の解けぬ瓦礫や春愁ひ

 

(7日)・「病気の境涯に処しては、病気を楽しむといふことにならなければ生きて居ても何の面白味もない」(正岡子規随筆『病牀六尺』より)

 明治の文学者・正岡子規の結核、脊椎カリエスと戦った35年の生涯を残された貴重な日記などから読み解く番組が放映された。苦痛を麻痺剤で和らげながら、俳句・短歌・随筆を書き続け、母や妹の介護を受けながら多くの人と交流し、後進の指導をし続けた。

 1946年の世界保健機関憲章草案において、「健康」とは身体的、精神的、社会的にわたる良好な状態(well‐being)にあることとし、「健康」を全人的にとらえるようなってきた。

『病牀六尺』に「余は今まで禅宗の所謂悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた。」との言葉もある。

 子規は寝たきりの大病にも関わらず、ある意味「健康」だったのではないかなと思った。

 (今日の一句)・今ここに幸せありや不如帰

 

(8日)・2画面ドキュメンタリー「無人の町から8年~福島県浪江町~」から

 東日本大震災・原発事故で、一度は無人の町となった福島県浪江町。震災直後の8年前の映像と全く同じアングルで今の姿を切り取り、その歳月を問う2画面ドキュメンタリー。

 2年前に町の中心部は避難指示が解除された。人はどれだけ戻っているのか? 何が変わっているのか、いないのか?さまざまな決断をした人たちの思いとは?町の再建、積みあがる汚染土、新しい大規模太陽光施設など、8年の歳月が語るものとは何なのか?〉

 この左右の2画面で見ると、一人ひとりの心の面は分らないにしても、大災害・人災と復興がどのようなものなのか映像が持っている喚起力を思う。

 (今日の一句)・強いられし無人の街にふきのとう

 

(9日)・松村亜里『世界に通用する子どもの育て方 』から

 本書は「何をすると子どもがダメになるのか」ではなく、「どのような関わり方が子どもの幸せにつながるのか」という視点から、科学的に探究を重ねてきて、質の良い親子関係、人間関係が子どもの健康、幸福度を高めることや「統制型」、操作的ではなく、一人ひとりの子どもを尊重し信頼しその子が持っている自律性が発揮できる「支援型」で寄り添うことが大切など語られる。彼女の子ども時代や二人の子育てなど、いくつかの失敗を重ね、必ずしも順調ではなかっただろう体験からの裏付けに、ポジティブ心理学とウェルビーイングの最新の研究成果研究成果のエビデンスを踏まえて、具体的な工夫の仕方を提示していることが、本書の大きな魅力になっている。 https://wellbeing-education.org/about/

(今日の一句)・失敗から学ぶ熱意に山笑ふ

 

(10日)・「少しでも幸せな家族が増えることを願って」

『世界に通用する子どもの育て方 』の「あとがき」の言葉から。

 彼女の子ども時代は、わたしの子どもたちと同じ学園で育った。その頃そこは極度の統制型であり、私も関わりのあるところでもあり、その子たちが、大人になりどのような子育てをしていくのかに、関心を寄せている。

 昨秋、娘が出産した。この書をとおして、娘夫婦といろいろな話をするのを楽しみにしている。また、子育てに限らず、ひとりの人間としてわきまえていくことが書かれていると思うし、引き続き考えていきたいと思っている。

(今日の一句)・春の海愛され愛することを知り