日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎日々彦「詩句ノート」、V・E・フランクル『それでも人生にイエスという』

〇V.E. フランクル『それでも人生にイエスと言う』の言葉から

・私たちが「生きる意味があるか」と問うのは、はじめから誤っているのです。つまり、私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているのです。私たちは問われている存在なのです。私たちは、人生がたえずそのときそのときに出す問い、「人生の問い」に答えなければならない、答を出さなければならない存在なのです。生きること自体、問われていることにほかなりません。私たちが生きていくことは答えることにほかなりません。そしてそれは、生きていることに責任を担うことです。

 

・私たちはさまざまなやり方で、人生を意味のあるものにできます。活動することによって、また愛することによって、そして最後に苦悩することによってです。苦悩することによってというのは、たとえ、さまざまな人生の可能性が制約を受け、行動と愛によって価値を実現することができなくなっても、そうした制約に対してどのような態度をとり、どうふるまうか、そうした制約をうけた苦悩をどう引き受けるか、こうしたすべての点で、価値を実現することがまだできるからです。

 

・収容所の中では自分が無になってしまっていたのです。生きながら死んでいたのです。私たちは何ものでもなかったのです。私たちはたんに無を見たのではなく、無だったのです。生きていてもなんということはありませんでした。死んでもなんということはありませんでした。私たちの死には光輪はありませんでしたが、虚構もありませんでした。死ぬということは、小さな無が大きな無になるだけのことだったのです。そして死んでも気に留められることはほとんどありませんでした。とっくの昔に「生きたまま」死ぬ前に死を体験していたからです。

 

・苦難と死は、人生を無意味なものにはしません。そもそも、苦難と死こそが人生を意味のあるものにするのです】。人生に重い意味を与えているのは、この世で人生が一回きりだということ、私たちの生涯が取り返しのつかないものであること、人生を満ち足りたものにする行為も、人生をまっとうしない行為もすべてやりなおしがきかないということにほかならないのです。

 けれども、人生に重みを与えているのは、ひとりひとりの人生が一回きりだということだけではありません。一日一日、一時間一時間、一瞬一瞬が一回きりだということも、【人生におそろしくもすばらしい責任の重みを負わせている】のです。その一回きりの要求が実現されなかった、いずれにしても実現されなかった時間は、失われたのです。

 

・人生を意味のあるものにできるのは、第一に、なにかを行うこと、活動したり創造したりすること、自分の仕事を実現することによってです。第二に、なにかを体験すること、自然、芸術、人間を愛することによっても意味を実現できます。第三に、第一の方向でも第二の方向でも人生を価値あるものにする可能性がなくても、まだ生きる意味を見いだすことができます。自分の可能性が制約されているということが、どうしようもない運命であり、避けられず逃れられない事実であっても、その事実に対してどんな態度をとるか、その事実にどう適応し、その事実に対してどうふるまうか、その運命を自分に課せられた「十字架」としてどう引き受けるかに、生きる意味を見いだすことができるのです。

 

※参照:『それでも人生にイエスと言う』V・E・フランクル/山田邦男、松田美佳訳(春秋社、1993年)

 

〇2019年四季折々(2月25日~3月3日)

(25日)・麻痺の手に残る力でゆび言葉わが掌にさよならの文字(麻酔科医・外須美夫)

  昨日NHKスペシャル「大往生~わが家で迎える最期~」を見る。内容は次のようになる。

〈「人生の最期をわが家で」は、多くの人の願いだ。国も医療費抑制などのため在宅医療を推奨し、増えていく見込みの自宅での死。しかし、現実には介護する家族の高齢化や疲弊、貧困などさまざまな問題が立ちはだかる。そんな現場に身をおく80歳の老医師がいる。埼玉県新座市の堀ノ内病院の小堀鷗一郎さんだ。森鷗外の孫で、かつては東大病院の外科医として活躍した老医師が、最後にたどり着いたのが“死に際の医療”を地域で行う在宅医だった。死の床にある患者と同世代、いわば“老老医療”である。患者にかける言葉は友人同士のようであり、時にハッとするほど厳しく、時に深く共感しつつ、等身大で向き合う。その人らしい最期の時間を患者や家族たちと話し合いながら作っていく。〉

 この番組は、超高齢化社会を支える在宅医、医療制度や福祉制度、老々介護などの介護を巡るありようという普遍的な内容や問題提起をしながらもただそれだけじゃない内容だ。それぞれの当事者や家族の姿、そして小堀医師の姿・ことばが心に残る。

(今日の一句)・うららかや病者に寄り添う人と人

 

(26日)・春眠のつづきのやうに母逝けり(藤ゆきこ)

 番組の中で、小堀医師がもっとも気にかけている親子、末期の肺がんを患う84歳の父と介護する全盲の47歳の娘と小堀医師の心の交流が特に身に染むものだった

 幼いころ視力を失った娘を両親は一生懸命育ててきた。8年前に妻が脳梗塞になり、父が二人の世話を一人で担ってきたが、妻もなくなり、父も末期の肺がんで寝たきりになった。

 病院で病名がわかったときに在宅で治療するか、入院するかと聞かれた父が、「不自由な娘がいるので、入院はしたくないです」と答えた。娘は父の気持ちを叶えたいので、在宅で介護しようと思ったという。

 診療以外の日も、2人の様子を見に行く小堀医師。ある日、娘さんから「父の反応がない」と小堀医師のもとに連絡があり、結局息を引き取ることになる。

「これが最期だね」と小堀医師がいうと、それを聞いて娘さんは、お父さんが、足が痛いというようなことを言ったときに、お父さんに対して「そんなこと言わないでと泣いちゃった。泣かなければよかった」といったときに小堀医師が次のようにいう。

「笑ったり怒ったりそれが当たり前なんだよ。それが家族なんだよ。」

 医師は医師として、当事者は当事者として、介護者は介護者として精一杯気負いなく生き抜いていき、お互いのことばの一つ一つが、慈しみに満ちたもので、まさに大往生でした。

((今日の一句)・眼の力失せたる義母へ梅一枝

 

27日)・一日に何度も笑ふ笑ひ声と笑ひ顔を君に残すため(河野裕子)

 上記は乳がんで亡くなった歌人河野裕子の病中吟。

 小堀医師と父娘の交流から、V・E・フランクル『それでも人生にイエスという』(春秋社、山田邦男・松田美佳編訳)の次の言葉を思う。 

〈なにをして暮らしているか、どんな職業についているかは結局どうでもよいことで、むしろ重要なことは、自分の持ち場、自分の活動範囲においてどれほど最前を尽くしているかだけだということです。活動範囲の大きさは大切ではありません。大切なのは、その活動範囲において、最前を尽くしているか、生活がどれだけ「まっとうされて」いるかだけなのです。〉

〈「私は人生にまだなにを期待できるか」と問うことはありません。いまではもう、「人生は私になにを期待しているか」と問うだけです。人生のどのような仕事が私をまっているかと問うだけなのです。〉

 本書は、ナチスによる強制収容所の体験として全世界に衝撃を与えた『夜と霧』の著者が、その体験と思索を踏まえてすべての悩める人に「人生を肯定する」ことを訴えた講演集。

(今日の一句)・鶯やなにを期待す人生は

 

(28日)・死ぬときは箸置くやうに草の花 (小川軽舟)

 昨日友人の93歳になる父親が亡くなる。妻同士は頻繁に電話交流をしていて、話題が一緒に暮らしている友人の両親のことに及ぶことがあり、ある程度様子はつかんでいた。お互いにいろいろ思うことはあり、大笑いしながら愚痴も含めて話し合うことも多い。

 医療や介護体制のこともあるが、身近に忌憚なくやり取りできる仲間がいることは大きいと思っている。

(今日の一句)・おしゃべりも介護のうちや山笑ふ

 

(3月1日)・生き代わり死に代わりつつわがうちに積む星屑にいのち華やぐ(柳澤桂子)

 老化ということ自体は自然現象であり、さほどの問題でなく、多くの身体、生理能力が減少するということは、中年や青年でも個人差の範囲に入り、相対的な問題である。

 老人問題は、一般的長寿化の時代にあっては、その病気にある。したがって医療体制や介護体制の充実が大きな課題となる。現状はまだまだの感があるが、そこに気をおいて活動している人も少なからずいる。

 なお、「在宅医療と在宅介護の現状と誤解・問題点」は『ケア大学』のHPに詳しく掲載されている。 https://caredaigaku.com/zaitaku-iryo-kango/

(今日の一句)・癒えずとも今日のいのちや木の芽和

 

(2日)・福寿草ふくらみふくらみ万力を聚(あつ)めてひらく光の中に(上田三四二)

『早春の六甲山と六甲高山植物園を訪ねて』に参加。最初に、薬用植物に詳しい沖和行氏の講座「植物のちから」を解説付きでスライドを見ながら早春の花やその薬効を学ぶ。

「花の色、葉の色、紅葉や落ち葉の色、そして植物の香りや味、そうしたものにも生きるための理由があり、私たち人類は古くよりそうした植物の力をうまく生活の中に取り入れてきた。病気を治し、健康を維持するために用いる薬のほとんどが植物から作られていることを、植物の目線からひも解いていくと生きるための仕組み『植物のちから』の一つを利用させてもらっているにすぎません。」という。

 妻は薬草に熱心で、わが家では皮膚などには手作りのドクダミ(十薬)液がもっとも身近な薬になっている。私も聞いていてとても面白かった。

(今日の一句)・六甲山友と十薬摘みにけり

 

(3日)・菫ほどな小さき人に生まれたし(夏目漱石)

 講義のあと、鶯の初音を聞きながら高山植物園へいき、沖氏の案内で散策する。この植物園は1933年(昭和8年)に開園。植物学者・牧野富太郎博士の指導を受けていたそうだ。普段なら見向きもしない野の草・花に話を聞きながらじっくり見ていく。

 この植物園で植栽では日本最大といわれる「バイカオウレン((梅花黄蓮))」があちこちにあり、とても小さく2~3センチぐらいで、地面に張り付いたように咲いていた。

 白い部分は花びらでなく、黄色の点に見えるのが花びらになるそうだ。花が白いウメのようで、オウレンというのは、黄色い根という意味で、切断してみると黄色がはっきりしているそうだ。こういうのはじっくり見ないとわからないので、感嘆しながら見ていた。

 (今日の一句)・梅花黄蓮の宇宙春の植物園