日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎日々彦「詩句ノート」、浅井慎平句集から

〇浅井慎平句集から

・『ノスタルジア』(浅井愼平句集 2008)

「ノスタルジアは人生そのものである。人はなにかを見ればなにかを思い出す。五感すべてがノスタルジアの装置というわけだ。ぼくの場合俳句という表現にノスタルジアが、いつも忍び寄ってくる。ノスタルジアがあるから俳句が生まれるといっていい。」(あとがきより)

花いばら十七才のブルージーンズ 

銀河屋の赤きセーター又三郎

凧あげて助手をつとめし昭和かな

夕焼けに叫べばムンク冬に入る

冬の蝿とんで昭和の窓辺かな

雪ひらり人懐かしき人嫌い

 

・『冬の阿修羅』(浅井愼平句集 2009)

「小説も詩も、ぼくという宇宙のどこかでビックバンがあり、星がぶつかり、散り、漂い、集まり、それが言葉になって溢れ出てくる。」(著者・跋より)

青い空蓑虫見あぐ山頭火

ふるさとは持たず写真師百日紅

逝きし友白きシャツのまま見送れり

蚊帳匂う星の香りと思いけり

遠花火父を見捨てて少年期

夕立や失意いくつも跳ねている

木枯やこころは見えず二人酒

木枯しや中原中也のゆやゆよん

モナリザの微笑消えはじむ冬近し

雪霙霰青空五合庵

 

・『二十世紀最終汽笛』(浅井愼平句集、1993)

「言葉の花束を捧げたい。:様式の深さに自由の翼を。世紀末の闇をつらぬいて飛べるのは想像力だけ。想像力こそ希望。しかし、絶望を持たぬものに希望はない。絶望を抱くあなたに言葉の花束を捧げたい。明日のために。」

飢ゑ知らず戦後もしらず成人す 

ルノワール女の腰の春深く 

春の雨郵便ポストから巴里へ

風花や燐寸するとき夜の雲

始まりも終わりもなけれ冬銀河

雪くれて昭和彷う黒マント

 

〇2019年四季折々(2月18日~24日)

(18日)・まヽ事の飯もおさいも土筆かな(星野立子)

 昨日のNHK俳句・題「土筆」に浅井愼平(81歳)氏がゲストで出演された。写真家・浅井氏は俳句をたしなみ、俳人として数冊の写真俳句集を出している。

氏の想像力あふれる発想で投句者などの心情をおもんばかる発言に面白さを覚えた。

 昨日の一席は「汽車の音浴びてすくすくつくしんぼ」(徳竹邦夫)   

 立子の句は俳句を作り始めた頃の句で、虚子が述べるように「自然の姿をやはらかい心持で受け取ったまゝに諷詠する」その感性に心地よいものを感じる。

印象深い句から。「囀をこぼさじと抱く大樹かな」「美しき緑走れり夏料理」「朴の葉の落ちをり朴の木はいづこ」「しんしんと寒さがたのし歩みゆく」

(今日の一句)・古稀超えの少年少女土筆野へ

 

(19日)・象という宇宙冬の動物園(浅井愼平)

 NHK俳句に紹介された象の句は『哀しみを撃て』(浅井愼平 写真俳句集、2015)所収。他に「はじめから翳はありけり人の春」「花いばら痛いじゃないか純粋は」「紫陽花や鉄の匂いのする街に」「ジョバンニの森抜けて風青々と」「きみの弾くショパンは昏しソーダ水」「信長の消息来たる枯野かな」「漱石の古書干しにけりまたの冬」「初雪や赤きバケツに二粍ほど」「冬近し汽車の音する印刷機」「さみしさという定型や去年今年」

 氏の俳句集は、写真はもとより、添えられた俳句、詩、跋などに素晴らしさを感じる。印象に残る句集から。

 

・『冬の阿修羅』(浅井愼平句集 2009):「小説も詩も、ぼくという宇宙のどこかでビックバンがあり、星がぶつかり、散り、漂い、集まり、それが言葉になって溢れ出てくる。」(著者・跋より)

(今日の一句)・風に立つライオン春のノスタルジア

 

(20日)・玉砂利のおと柔らかき雨水かな(勝子)

 時折、友人から俳句を紹介される。定期的に俳句書籍などは送られてくるが、友人の句を読むのはその人の個人的な暮らし、心情をおもんばかるなど特に楽しい。

 上記の句は夫の大病の癌の手術が無事に終わり、伊勢神宮にお礼参りしたときの句という。他の句に「梅早し拝殿の鈴鳴らしけり」「御手洗の龍の口より春の水」がある。

 雨水は二十四節気の一つ草木が芽生える頃で、昔から農耕の準備を始める目安とされてきた。また、忍び寄る春の気配に草木が蘇るとの意がある。それと快癒の喜びと「玉砂利のおと柔らかき」との取り合わせに、心の春に向かう気持ちが現れたのだろう。

(今日の一句)・雨水の日おこす大地の湯気青し

 

(21日)・萬緑の中や吾子の歯生え初むる(中村草田男)

 先日「お食い初め」(おくいぞめ)のお祝いを娘夫婦と私たち夫婦でとり行った。

「食い初め」とは、生後初めて赤ちゃんにご飯を食べさせる祝いの行事。歯が生えるほどに成長したことを喜び、こどもが一生食べるものに不自由しないように祈り、健やかな成長を願う儀式です。平安時代頃から行われていたらしい。

 生後120日余りで、まだご飯を食べさせることはしていないが、生えている歯へ形ばかりのご飯などを添えた箸を当てていく。

 娘夫婦は由緒のある家系の影響もあるのか、このようなことに熱心で、関心の疎い私にはそのことを面白くみている。このようにして、ワイワイやるのは楽しいものだなと思った。

(今日の一句)・のどけしや親子嬉しきお食い初め

 

(22日)・鰯雲仰臥の子規の無重力(東国原英夫)

 孫は生誕時の体重が3キロ弱から今は7キロ弱になっている。妻によると体は重くなっているが、首がすわってきたので、抱っこすることがずいぶん楽になったそうだ。

 それまでは全身を受けとめ手に委ねていたわけで、少しずつ、重力に対応できる筋肉やからだ全体の発達が進み、自分自身で支えるような動きになってきたのだろう。

 まだハイハイはしないが手足の動きも活溌化してきて、驚きなのか喜びなのか大きな声を出すときがある。意志・意欲もかなり出てきているのを感じる。

(今日の一句)・重力に応ずる吾子や牡丹の芽

 

(23日)・瓦礫みな人間のもの犬ふぐり(高野ムツオ)

 エアコンの掃除に息子の紹介で業者に来ていただいた。越してきてから3年半ほどになり、普段あまり使わないのだが、かなり汚れたひどい状態になっていたという。建物そのものは築10年ほどになり、以前に、住んでいた人からのものも蓄積していたのだろう。

 わが家では掃除機をかけるのはわたしの担当になっていて、ほぼ毎日しているが、集塵状態を見ると、目に見える以上に埃はたまっているのがわかる。エントロピー増大の乱雑さは、自身の体、暮らしや社会の汚れを含めて、あらゆるところに及んでいくのだろう。

(今日の一句)・春塵や時間も塵になっている

 

(24日)・「ともどもに平らけき代を築かむと諸人のことば国うちに充つ」(皇后陛下)

 天皇陛下の平成在位30年記念式典のお言葉は、〈近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちましたが、それはまた、決して平坦な時代ではなく、多くの予想せぬ困難に直面した時代でもありました。〉と述べ、〈日々国の安寧と人々の幸せを祈り、象徴としていかにあるべきかを考えつつ過ごしてきました。〉と振り返り、しみじみしたものと感じた。

 永田和宏氏はお二人の数多の慰霊の歌について次のようにいう。

〈寄り添い方には今の国民に対する共時的なものと、歴史的、通時的なものがある。災害でいま苦しんでいる人々へのお見舞いと、戦争の犠牲者への、悲しみの記憶を持って生き続けた人たちの時間に寄り添う慰霊とは、同じ寄り添うことの両面なのだと思う。平成の天皇の象徴性は、寄り添うという行動の中にあるものと考えたい〉(※1/17神戸新聞より)

 ささやかでも、寄り添うことの両面を大切にしていきたいと思っている。

(今日の一句)・陽炎や過去も未来も今のこと