日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎『風に立つライン』と希望をもたらす人たち

〇「風に立つライオン」は、さだまさしの親しくしている知人で、1960年代後半ケニアのナクールにある長崎大学熱帯医学研究所に出向した柴田紘一郎医師のエピソードをもとに、1987年さだ自身が作詞・作曲をした作品である

 その後、さだ自身によって小説化され、2013年に刊行され、2015年には、大沢たかおの企画により映画監督・三池崇史のもとで映画化された。

 

 この歌が、心ある医師を育てるための「NPO法人・風に立つライオン」を立ち上げ、僻地医療や災害救援の従事者を物心両面で支援する「公益財団法人・風に立つライオン基金」の設立など歌から生まれる人助けの連鎖が続き、医療従事者や海外で活動する人たち、青年海外協力隊の人々に、強いメッセージを与えることになる。

 

 小説の「あとがき」にさだは次のように述べる。

〈もとより歌は、すべて発表した瞬間に僕の所有物ではなくなるが、この歌のように多くの人々を刺激し、沢山のムーブメントを産み出す歌が僕に降ってきたのは初めてのことである。〉

 

 曲も映画も小説もそれぞの特徴があり、比較するものではないが、わたしは小説にもっともインパクトを覚えた。

 楽曲は実在のモデルからインスパイアされた作品だが、小説の登場人物の名前などは架空の人物で、東日本大震災の被災地などの楽曲制作当時と違う状況が登場するなど、フィクションとして制作されている。

 本書は、シュヴァイツァーの伝記 『アフリカの父』を読んで医師を志した主人公・島田航一郎がケニアのロピディオン戦傷外科病院で、その志に従って活躍。その影響を受けた人物が、航一郎の志を受け継いで、今度は東日本大震災の日本で活躍する、といった内容。そこに、さだまさしの人生哲学を登場人物の言葉に適宜織り込みながら物語は展開する。

 

 小説の時代背景は、1980年代から激化の一途をたどるソマリアの内戦さらにスーダン内戦が続く。ソマリアは統一政府を持たず、各地に軍閥が割拠し、一進一退の戦争を続けている。ケニアとソマリアは国境を接しているためソマリア内戦の影響は大きく、それに乗じてケニアが軍事介入している。この内戦のあまりの酷さに米軍や周辺諸国も干渉を諦め無法地帯となっている。

 1987年、大学病院から内戦の激化するケニアの研究施設に派遣された一人の日本人医師、航一郎は恋人の貴子を日本に残し、研究と臨床の充実した日々を送っていた。しかし、半年後にケニアの国境近くの赤十字病院から一ヶ月の派遣要請を受ける。航一郎がそこで目にしたのは、次々と運ばれて来る重傷を負った少年兵だった。その少年たちはみな麻薬を注射され、戦場に立たされた少年兵である事実に愕然とする。

 そんなある日、病院に銃傷を負った少年兵・ンドゥングが担ぎ込まれる。彼は両親を目の前で惨殺され、その心の傷は麻薬によりかき消されていた。航一郎はそんな彼が抱える心の闇と真正面から向き合っていく。航一郎は、ここに骨を埋める決意をする。

 

 本書は、過酷な状況の中で育ったケニヤの少年(たち)が、「医師が患者から奪ってはいけない最も大切なものはな、命じゃないんだよ。希望なんだ-----だってよ。命はその人の身体の持ち物だけど、希望は心の持ち物だろ? 人はよ、身体だけで生きてるんじゃねえだろ? 心で生きてるんだからさ」という医師や支援者によって、その「志」を受け継いだ少年が、東日本大震災の日本で活躍する、といったフィクションならではの内容で、逆に小説ゆえの、このように人は育っていくこともあるのだと、フィクションを超えた何かを感じた。 

 

 この小説の特徴でもあり面白いところは、第一章では、上司、同僚が回顧または述懐という形で語る。中心人物である航一郎自身は、全く語りません。航一郎がどうして医師になったのか、どうしてケニアに赴任したのか。そのケニアで何があったのかが、みなによって語られる。

 第2章は東日本大震災に医者として関わることになったンドゥングについて、当時、野戦病院にいた人が回顧または述懐という形で語られる。全編航一郎、ンドゥングの関係した人たちの回顧、述懐、メールという形で構成する、

 

 本書から印象に残っている言葉。

・「誰かのせいにしなきゃ耐えられない悲しみってあるんだよ」

・「医師が患者から奪ってはいけない最も大切なものはな、命じゃないんだよ。希望なんだ」

-----「だってよ。命はその人の身体の持ち物だけど、希望は心の持ち物だろ?人はよ、身体だけで生きてるんじゃねえだろ? 心で生きてるんだからさ』

・(少年兵・ンドゥング)「僕はお医者になれますか?」-----(航一郎)「勿論なれるよ」--

「いい加減な慰めを言わないで!」-----「僕は銃で九人を撃ち殺した。人殺しだ!」-----

「おめえが望むならなれるに決まってるんだ」-----「お前は九人を死なせた、それなら、---これからお前の一生を懸けて十人の命を救わなくてはならない。」-----「分かるだろう? いいかい。未来はそういうためにあるんだよ」

 

 さだまさしは次のようにいう。

〈ライオンというイメージは、医師というよりも、一人の人間として捉えてくれるといいです。僕らの国はちょっと変だつていうのは、医者だからということではなく、海外に暮らす一人の日本人としての思いなんですよね。人間というのは、職業に殉ずるといいながら、どこまでも自分を捨てることはできないでしょう。 心の中で、悩みも苦しみも、切ないこともいっぱいあるけれど、くじけるもんかっていう意味で、自分を勇気づけ励ます意味で、ライオンっていう動物を出したのです。逆境の中でもひるむことなく、心だけは王様のような、強い心を無くしたくないという、すっくと立っている百獣の王のプライドです。プライドっていうと、身勝手さを連想されると困るけれども、人間の尊厳っていうか自分の意志っていうか、そういうものに誇りを持ちたいっていう気持ちの現れです。それは医者だからではなく、生きているということに対する誇りのことです。この歌は医者の立場を借りながら、自分に対するエールでもあるわけですよね。〉

 

※参照:さだまさし『風に立つライオン』(幻冬舎、2013)

楽曲「風に立つライオン」はYouTubeで聞くことができる。