日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎日々彦「詩句ノート」、「生きる」について(多田富雄、池田晶子)

〇小松成美『虹色のチョーク----』などから、よりよく生きることが働くにつながるのであり、働くために生きているのではない。

 現社会で働くことは、その成果として収穫する、換金して稼ぐあるいは給料をもらい自らの生活を成り立たせていく。その結果として、人として一人前に扱われるように思っている人も多いだろう。これは根強い思い方になっている。

 働きたいけれど、身体的に、精神的に、能力的になどいろいろな理由で、働くことが困難な人たちがいる。

 しかし、「働く」というのは、「動く。精神が活動する。精出して仕事をする。他人のため奔走する。効果をあらわす、作用する。」などの意義があり、生きるとはそういうことであるのでは。ここを分けて考えたいと思っている。

 

〇私は歩けるようになって、何ものかが自分の中に生まれつつあることに気付いた。まだ言葉はまったくしゃべれない。食べるのも命懸けだ。歩けるといっても、一足一足薄氷を踏む思いだ。つまづいて時々転びそうになる。転んで骨折したら最後だ。私はまだきわめて脆い存在にすぎない。だが、何ものかが確実に生まれはじめている。それは、生きるという意志らしい。何時の間にか私の中に、生が形となって生まれていたのだ。それはようやく死に願望を凌駕し、雪の中に芽生え、弱々しいながら育とうとしていた。

 私の中に生まれたもの、それは確実な生の感覚だった。生きるのは実際には、それほど確実なことではない。それでも生きる意志は確実なのだ。どうなるかはわからないが、それでもいとおしんで生きる。(多田富雄『懐かしい日々の想い』)

 

〇生きるためには食べなければならない、食べるためには稼がなければならない、そのためには仕事をしなければならない、この「しなければ」の繰り返しが、大人の言うところの「生活」だ。しなければならなくてする生活、生きなければならなくて生きる人生なんかが、どうして楽しいものであるだろう。 (池田晶子『14歳からの哲学』)

 

 〇2018年四季折々(1月28日~2月3日)

(28日)・山眠るマグマ溜まりを内に秘め 

 免疫やオートファジーを調べていると、生命現象の巧みさを実感する。

 冬道麻子の短歌に「握力計の知らざるちから身にありて4Bの鉛筆に文字現わるる」がある。『森の向こう』(昭63)所収。筋ジストロフィを発病、闘病生活で短歌を知る。握力計にはもう現れもしない力が、4Bの鉛筆を握れば、身に潜んでいた力が文字となって現れるという。歌を作ろうとする意志が、内に息づいているものを引き出すのだろう。

 

(29日)・冬銀河過去の記憶は未来へと

 知人F氏が自らの北海道での牛飼いの体験をもとに小説を書いている。今編集の最終段階に入っているそうだ。その一部分がFacebookに掲載されていて、毎回楽しく読んでいる。よく感じるのは、40年以上前の記憶が、まざまざ鮮明に浮かんで来ることだ。あたかも、今生きているわたしたちから見れば、悠久の時を経ても光り輝いている星のように。

    

(30日)・日向ぼこ空をたましい歩いてる

  居宅は海沿いにあり、南面に180度にわたって海と空が広がっている。普段じっくりと空を見ることはないが、よい日和のとき、ベランダからぼんやり眺めることがある。雲の動き、海のかなたに広がる大空など見ていると結構面白い。

 

(31日)・皆既月食余白を飾る冬の星

 しばし皆既月食を眺める。周りの星もちらほら見える。

 国内では3年ぶりという。米航空宇宙局(NASA)は今回の皆既月食を、今年最大級の大きさに見える満月「スーパームーン」と、1カ月で2回目の満月である「ブルームーン」、皆既中には血のような色になる「ブラッドムーン」を合わせた「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」と呼んでいるが、想像力を補って見ていたが、よくは分らなかった。

 

(2月1日)・寒晴れや人の育ちはひとによる

 小松成美『虹色のチョーク----』などから、大山泰弘氏や日本理化学工業のことを調べ、大きく二つのことを思う。

  • 一個人の描いた理想が多くの人に共感され、会社の理念となり、半世紀以上経過しても、その輝きが持続していること。
  • 働きたいけれど、身体的に、精神的に、能力的になどいろいろな理由で、働くことが困難な人たちがいる。この会社は知的障がい者を雇用し、様々な困難に真摯に向き合いながら、その人たちと共に成長してきたこと。

 

(2日)・生きることそれが仕事や老の冬

 現社会で働くことは、その成果として収穫する、換金して稼ぐあるいは給料をもらい自らの生活を成り立たせていく。その結果として、人として一人前に扱われるように思っている人も多いだろう。これは根強い思い方になっている。

 しかし、「働く」というのは、「動く。精神が活動する。精出して仕事をする。他人のため奔走する。効果をあらわす、作用する。」などの意義があり、生きるとはそういうことであるのでは。ここを分けて考えたいと思っている。

 

(3日)・福は内心の鬼と懇ろに

 辞書によると、「心の鬼:1 ふと心に思い当たる良心の呵責 (かしゃく) 。2 心の奥に潜んでいるよこしまな考え。邪心。煩悩 (ぼんのう) 」と出てくる。

 誰の心にもありそうな、むろん自分の内にはある。