日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎日々彦「詩句ノート」吉本隆明の詩『日時計篇』『転位のための十篇』など

〇吉本隆明の詩『日時計篇』『転位のための十篇』から
 吉本隆明に関心があり詩もいくつか読んでみた。読み慣れていないことや表現が難しくよくわからないのが多く、実際あまり読みこんでいないのだが、その中で印象に残る二つの詩を記録しておく。また、吉本死後に書かれた追悼文の中で、誠実さが伝わってくる詩人・鮎川信夫の抜粋も記録する。

『日時計篇』から
・「発端」
どんな発端にも理由がぶらさがってゐる
だから喧嘩してもつまらない
ふたりで千代紙を折りませうと花子さんが言えば
太郎であるおれはそうするさ
太郎であるためにおれを戦争に連れてゆかうとしたつて
おれはゆくわけにはいかない
あらゆる人殺しには理由がない
国家は人類過途期の仮構体
資本制は人類前史最後のチヤンピオン
どんな書物にもかかれてゐる事実をおれはほんたうに信じてゐるので
けつして人殺しには加担しない
正義 人道 プロレタリアートの解放
目的と手段とがいつも転倒される
人類歴史の痛ましい弁証を太郎であるおれは真剣に考える
世界はすべて
ひとりの太郎のためにある
世界はすべて
ひとりの花子のためにある
おほきな声でそれを言えばおれは殺されてしまう
けれどもほんたうのことは
結局ほんたうだ
正義の発端はおれにある
人道の発端はおれにある
それを知らないものをおれは信じない
おのれを捨てて義に就くという
人道の戦士を信じない
おのれのために神の義を宣べる
財権神聖の牧師を信じない
だから発端に立つて千代紙を折りませうと花子さんが言えば
太郎であるおれはそうするさ
(『吉本隆明全集第3巻』「日時計篇(下)」ー「発端」、晶文社)

『転位のための十篇』から
・「その秋のために」
まるい空がきれいに澄んでゐる
鳥が散弾のやうにぼくのはうへ落下し
いく粒かの不安にかはる
ぼくは拒絶された思想となつて
この済んだ空をかき撩さう
同胞はまだ生活のくるしさのためぼくを容れない
そうしてふたつの腕でわりのあはない困窮をうけとめてゐる
もしもぼくがおとづれてゆけば
異邦の禁制の思想のやうにものおぢしてむかへる
まるで猥画をとり出すときのやうにして
ぼくはなぜぼくの思想をひろげてみせねばならないか
ぼくのあいする同胞とそのみじめな忍従の遺伝よ
きみたちはいつぱいの抹茶をぼくに施せ
ぼくはいくらかのせんべいをふところからとり出し
無言のまま聴かうではないか
この不安な秋がぼくたちに響かせるすべての音を
きみたちはからになつた食器のかちあふ音をきく
ぼくはいまも廻転してゐる重たい地球のとどろきをきく
それからぼくたちは訣れよう
ぼくたちのあひだは無事だつたのだ

そうしてぼくはいたるところで拒絶されたとおなじだ
破局のまへのくるしさがどんなにぼくたちを結びつけたとしても
ぼくたちの離散はおほく利害に依存してゐる
不安な秋のすきま風がぼくのこころをとほりぬける
ぼくは腕と足とをうごかして糧をかせぐ
ぼくのこころと肉体の消耗所は
とりもなほさず秩序の生産工場だ
この仕事場からみえるあらゆる風と炭煙のゆくへは
ほとんどぼくを不可解な不安のはうへつれてゆく
ここからはにんげんの地平線がみへない
ビルデイングやショーウヰンドがみえない
おう しかもぼくはなにも夢みはしない

ぼくを気やすい隣人とかんがへてゐる働き人よ
ぼくはきみたちに近親憎悪を感じてゐるのだ
ぼくは秩序の的であるとおなじにきみたちの敵だ
きみたちはぼくの抗争にうすら嗤ひをむくい
疲労したもの腰でドラム罐をころがしてゐる
きみたちの家庭でぼくは馬鹿の標本になり
ピンで留められる
ぼくはきみたちの標本箱のなかで死ぬわけにはいかない
ぼくは同胞のあひだで苦しい孤立をつづける
ぼくのあいする同胞とそのみじめな忍従の遺伝よ
ぼくを温愛でねむらせようとしても無駄だ
きみたちのすべて肯定をもとめても無駄だ
ぼくは拒絶された思想としてその意味のために生きよう
うすくらい秩序の階段を底までくだる
刑罰がをはるところでぼくは睡る
破局の予兆がきつとぼくを起しにくるから
(『吉本隆明全集第9巻』-「転位のための十篇・(1953年)」、晶文社)
——–
 吉本のよき理解者であり、吉本が信頼をおいていた鮎川信夫は、吉本死後追悼出版された『さよなら吉本隆明』で次のように語っている。

・[吉本は思想者として類例のない人間であった。彼と少し付き合ったことのある者なら、誰でも気がつくことだとおもうが、何事かについて意見を述べるとき、羞恥に似たかげが走るのを一再ならず目撃するはずである。

まるで猥画をとり出すときのやうにして
ぼくはなぜぼくの思想をひろげてみせねばならないか (「その秋のために」より)

 このユーモラスな詩行のなかに、吉本の思想者としての特色がかくされている。
 なぜ思想が羞恥の対象になるかといえば、それが彼自身のものだからである。多くの知識人にとって思想は権威からの借りものにすぎないから、羞恥の対象になるどころか、安心して自信の拠りどころとなるくらいのものである。しかし、吉本にとって、思想はほんらい人に隠しておきたいもの、何ほどかの羞恥を伴わずしては公開しえない。自分自身の本性に属するものとして意識されていた。その違いは決定的である。]
(文藝別冊『さよなら吉本隆明』―鮎川信夫「固窮の人」河出書房、2012)

 

〇2017年四季折々(2月12日~18日)
(12日)・おぐらやま心あらばの冬林檎
 おぐらやま農場の年間会員になっていて随時林檎などが送られてくる。同時に「おぐらやま農場便り」が送られてきて、「畑が教えてくれたこと」など、その時々の農場の様子がうかがわれて楽しい。2月号では「冷蔵庫の温度が生ぬるく感じる中、1月は選定作業を進め、みんな手も足も凍る!!といった感じで、気温30度のタイからきたウーファーさんは本当に凍えそうになりながら、がんばってくれました。」とある。
 俳句は、百人一首「小倉山峰のもみぢ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ」の本歌取り。

(13日) ・六甲山墨絵のごとき夕霞
 居宅の北側は六甲の山並みが見え、南は東神戸港に広がっている。出先によって六甲の山並みを見ながら帰るときも多い。春の水分が多い大気に広がる夕霞は、山並みの情景に趣を加えることがある。

(14日)・チョコを添え句会のあゆみのどけしや
 バレンタインデーにはあまり関心ないが、ある人からチェコレートをもらい美味しくいただいた。
 今参加している句会で持ち寄りのチョコレートが出ることがある。句会は句作、選句、講評と適度の緊張を伴いながら、てきぱきと進行する。その時のチョコレートをなめながら考えるのはいいものだなと思っている。句会では飴でも饅頭でもなく、ましてせんべいの類ではなく、小粒のチョコがふさわしい気がしている。

(15日)・冴え返り元に戻らぬ不信感
「冴え返る)」は早春に暖かくなりかけて、また寒さがぶり返すことの意。自然界では寒暖の日が交互につづいて、だんだんと春らしくなってくるのだが、人間関係においてもそのような面もあるだろう。初めから関係が薄ければそうでもないだろうが、ある程度深い場合に、より親しくなっていく契機でもあるが、こじれて大きな不信感となることもある。

(16日)・あかあかと街を彩る錦の樹
 神戸に来てから注目しはじめた庭木にニシキギがある。街道沿いやマンションの生垣にぐるりといけられているのを見かけることがよくある。その紅葉が目立ち、なかなか衰えを見せないので、色に乏しい冬には貴重な感じを与えている
調べてみると、〈ニシキギは日本~朝鮮半島・中国にかけて分布する落葉性の低木で、紅葉した美しい姿を「錦」に例えられて「錦木」の名前がある。カエデ、スズランノキと並び世界三大紅葉樹のひとつ。〉とある。

(17日)・春の夜にかの世の声を聴きにけり
 今日は1日雨。夜に吉本隆明の講演をインターネットで聞き、そのテキストを読む。それは、「ほぼ日刊イトイ新聞が保有している思想家の吉本隆明さんの講演音声を無料、無期限で公開します。183回、合計21746分。好きなだけどうぞ。」とあり、いくつか聞いた。これは大変有り難いことだ。
 今まで米朝、談志、志ん生など落語を聞くことはよくあり、これに吉本隆明が加えられることになる。

(18日)・雨水とて天から雨の贈り物
 19日前後を「雨水」といい春の季語になっている。具体的な雨の意味ではなく、二十四節気の一つ。空から降るものが雪から雨に変わり、氷が溶けて水になる、という意味。草木が芽生える頃で、農耕の準備を始める目安とされてきた。
自家用野菜作りでも、雨にはいろいろな思いがわき敏感なのですが、そういうことに携わっていないと、何となく通りすぎてしまうことが多い。「雨水とて申し訳めく雨ありぬ」(能村登四郎)の句があり、それも念頭にあった。