日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

◎日々彦「詩句ノート」「阪神淡路大震災を詠む」に触れて

〇『阪神大震災を詠む』(朝日新聞社、1995年)から
 ここ数日、阪神大震災関連の短歌、俳句を詠んだ。その中で、朝日新聞社の企画「阪神大震災を詠む」に投稿された詠草の数は、三週間ばかりの間に、一万七千余通と言われている。朝日歌壇、句壇の選者がその中から選んだものを1冊にした。
 過酷な状況の中で、空白感をコトバにしてみる、何かの思いを詠まずにはいられない、悲しみへの共感、自己治癒、自己慰安という要素もあるだろう。その生々しい臨場感と迫力とにより、その時点での歴史の断面としての記録として貴重なもののような気がする。わたしの印象に残った歌、句を記録しておく。

 

・わがひざに打ち慄えいる老妻を抱き孤独ならざる幸を噛みしむ (神戸市 友井政雄)
・両の手に三人の子をしかと抱き土砂に埋れて居し母なりと聞く (尼崎市 中村静枝)
・子を抱え地鳴りの中を逃れ来て血だらけの腕血だらけの足 (神戸市 杉岡壱風)
・たよりなき生徒を尋ね歩く日の廃墟の街は迷路のごとし (神戸市 岩尾淳子)
・死なせてはならぬ友なり繋がらず地虫のように電話は鳴るに (西宮市 舟坂たかし)
・地軸少し傾く地球にいま少し謙虚にあろうよ小鳥のように (宝塚市 桂 保子)
・襲いくる余震のたびに幼等は「怖くないよ」と子犬をかばう (尼崎市 愛川弘文)
・被災地の瓦礫にいつか住みつきし雀が卵生みておるなり (阪南市 湯本寿男)
・一夜明け瓦礫の底にくぐもれる起こす主なき目覚しのベル (神戸市 岡田 淳)
・かなしくも四五日分のひげ伸びて怪我ひとつなき遺体掘り出ず (西宮市 岩佐栄三)

・選を終えて 馬場あき子(一部抜粋)
〈巧拙を超えて、震災の歌全体に流れていた大きなテーマは、平安な日常のとうとさの発見であり、肉親の絆の切なさや、人間的な愛の発見であり、何よりも生きている命のとうとさの発見であった。それが私たちの眠りこけて弛緩した日常を撃ってやまないのである。〉

 

・放心をくるむ毛布一枚に (神戸市 山田弘子)
・もらひ風呂総身の恐怖流しけり (西宮市 田村きみ子)
・強震の一過水仙ふと匂ふ (宝塚市 桝井順子)
・生かされし命を抱き冬日浴ぶ (神戸市 西野郁子)
・大地震のあとのさみどり冬菜摘む 宝塚市 堺谷真人)
・寒餅の切口見せて高架落つ (川西市 吉田勝昭)
・火事あとに真白き乳を哭きて捨つ (神戸市 盛岡翠月)
・雪晴れの瓦礫に遺体運び出す (西宮市 南川加代子)
・妻ここに逝くとの告知雪降れり (吹田市 幡谷秀美)
・検死さる兄まだ温く余震なほ (兵庫市 高田菲路)

・選を終えて 金子兜太(一部抜粋)
〈とにかく書く、俳句があるから書くという衝撃の切実さまでが伝わってきて、俳句が日常詩として人々の愛好を得てきて、極限状況の日常でも力になっていることを、わたしは知らされた。〉
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〇2017年四季折々(1月15日~1月21日)
(15日)・ラガー走る目前心後でひた走る

 冬に行われるラクビーは迫力あり、俳句では冬の季語になっている。楕円形のボールやパスするボールを自分より後ろにいるプレーヤーにしか放れないなどのルールは面白い。
「目前心後(もくぜんしんご)」というのは世阿弥の『花鏡』にある言葉で、「眼は前を見ていても、心は後ろにおいておけ」との舞うときの心得としてよく引用される。

(16日)・青に舞ふ風花海に溶け込めり

 寒波の影響もあるのか朝に風花が舞っていた。列島では雪による大きな影響を受けているようだが、神戸では風は少し強いが、晴れ渡った青空が広がっていた。風花がその青さを際立たせているようにも感じる。

(17日)・(阪神淡路大震災1.17のつどい)寒空へ記憶の炎燃え立てり

 震災で大きな被害を受けた地域を歩き、当時に思いをはせる「1・17ひょうごメモリアルウォーク」に参加。
 知人によると〈日常の暮らしでは思い出すことは減ってきているが、決して忘れられるようなことではなく、他地区での災害やこの日の集いに参加すると、いろいろな思いが湧いてくるんよ〉と仰る。
 街は復興がされているのか、昨年から参加している私たちには、体験者の語りを聞くことや種々の記録媒体によって当時の様子を知るだけである。
 記憶には、観念的な色合いが強いものと、身体にしみ込んでいるのとの違いがあるように思う。厳密に分けることはできないが。生命の危険に直面した戦慄、一様に変わり果てた街の光景、悲鳴や死傷者と隣り合わせの恐怖感、無力感、余震の絶え間ない中での援助活動、避難場所での生活などによるストレスや不安感など身体記憶は激烈なものがあるのでないだろうか。

(18日)・蝋燭の火を見るひとの冬の星

 兵庫県の各所で様々なイベントがあり、多くのところで蝋燭が使われていたという。神戸市中央区東遊園地で行われた 「阪神淡路大震災1.17のつどい」では竹灯籠の蝋燭の明かりが何ともいえない雰囲気を漂わせていた。
 キャンドルセラピーという療法がある。暗闇でろうそくだけを点灯させ、その炎の揺らぎを見つめる事によって精神を安定させるという方法だ。揺れる炎をじっと見ていると、そこが別の空間になって、心を落ち着かせる効果があるようだ。

(19日)・すすむ復興溶けぬ苦悩の霜の声

 街の復興は進んでいくが、建築物などと違ってひとは建て替えのできるものではない。
 一人ひとりにとって、それぞれの知恵、工夫あるいは支援によって乗り越え、立て直し、それなりに心に収めていくのだろう。だが、それのかなわぬ人たちもいる。高齢化などによって心身の疲労は増してくる。
 17日に放送されたNHKスペシャル「女たちの大震災 ~最新医療が迫る 体と心のリスク~」は〈阪神・淡路大震災から22年。最新の医学で、災害が今なお心身に影響を及ぼす女性特有のリスクがわかってきた。その実態に科学の視点で迫り、対策のヒントを探る取材報告。〉(NHK番組紹介)とある、
 番組を見ては、一家の生活を切り盛りしていた女性の生活様式の急激な変化によるストレスなどが男性に比べてより大きいのだろうと感じた。
 震災後22年たって、未だに厳しい生活をしている人や高齢化に伴う支援のあり方が転機を迎えている。自分では少しでも関わっていきたいと思っている。

(20日)・寒さには大あり小あり幸せも、

 震災体験者たちに話を聞いたり手記を読んだりして、震災後の空虚感のなかで、人との交流や身近なところでのやりがい、小さな生きがいを見つけ、それが前向きに暮らせる原動力になっていく人も多い。
 自分の生活を振り返っても、日々の幸せというのかささやかな満足の積み重ねが、穏やかな暮らしを支えていると思っている。
吉本隆明『幸福論』は、老いの渦中にある自らの実感にもとづいた平明な語り口の好著である。
 第1章は「こきざみの幸福に気ずく」との表題から「幸・不幸を自分で決める」「つらいこともいいことも続くもんじゃないと小さく刻んで考える。」「ちょっとしたいい気分でも、これが幸せなんだと思うのがいい。」「いくつになっても達成感は得られる」など、陽的な楽なとらえ方で気に入っている。

(21日)底冷えや妻と二人のおでん酒

 娘夫婦と随時食事するが、通常は妻と二人での食事が多い。取り立てて大した話をするわけではないが、楽しみな時間である。寒くなると、鍋物、シチューなどあったかメニューが多く、毎晩私は焼酎の湯割り、妻はビールとワインを飲みながら、結構ゆったりと時間をかけて食事をしている。