日々彦「ひこばえの記」

日々の出来事、人との交流や風景のなかに、自然と人生の機微を見いだせてゆけたら、と思う。※日々彦通信から一部移行。

芹沢俊介

◎「生物的な親」から「受けとめ手としての親」へ(ひこ生えの記⑧)

出産後、自分の体のことで娘が病院に行くことになり、孫はわたしたちの居室で過ごすことになった。誕生後40日ほどで、母親から離れて別の部屋での初めての体験である。 孫にとっては、未だ母というより受けとめ手として、お腹がすく、あるいは何か不快なこと…